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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No221
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成29年8月29日

          ついにソ連化し始めた共産中国

 「社会主義市場経済」を標榜して大成功を収めた中国が、ここへ来て突然、方向転換したような動きを見せている。

 日本経済新聞が独自に調べたスクープ記事で、上海と深圳の証券取引所に上場する計3千3百社以上のうち、約1割近くの企業が「党の介入」を容認するように、会社定款を変更していたというのである(8/17)。

 それも、昨年から突然50社ほどが定款変更したが、今年は4~7月期に集中して197社が変更しているという。

 具体的には、「企業内に党の中心的地位を認める」「社内に党組織(=党委員会)を設立する」「重大な経営の決定事項の際は、事前に社内の党組織の意見を最優先に聞く」「会社の経営トップ(=董事長)は社内の党組織トップを兼務する」などの内容が明記された(同紙)。

 これは、「市場経済」とは相容れない統制経済への転換を意味するものだ。同紙の記者は知らないと思われるが、こういう統制のモデルは旧ソ連軍の「政治将校(ポリティカル・オフィサー)」ではないかと考えられる。

 旧ソ連では、軍の現場にまで指揮官と「同格の政治将校」が党本部から派遣されていた。党が軍人を監視すると同時に、組織内で共産主義を鼓舞するのが役目だ。

 イメージが湧かないかもしれないが、ソ連軍を扱ったハリウッド映画を見ると、その実情がよく分かるだろう。

 実話を元にしたという「スターリングラード」(2001年)では、実戦経験のない政治将校が天才的な狙撃兵(ジュード・ロウ)に出会い、彼を操って政治宣伝ビラで国民的英雄に仕立て上げる。

 またトム・クランシー原作のテクノ・スリラーを映画化した「レッド・オクトーバーを追え」(1990年)では、最新鋭原子力潜水艦の中で、艦長とポリティカル・オフィサーの2人が核ミサイル発射のキーを首にかけ、2人だけが司令部からの命令書を開く権限を持っている。

 「同格」と言いながら、実際は共産党の目付役のほうが上官のように振る舞っている。艦長(ショーン・コネリー)は艦もろとも米国に亡命しようと企んでいるので、真っ先に邪魔な目付役を事故死に見せかけて排除する。

 これで分かるように、共産党の1党独裁の国で、企業内に党の組織を受け入れれば、経営陣の上に立つことは明らかだ。
 労働組合を手足に使って経営に介入する姿が想像できるだろう。

 彼ら目付役は、会社の経営よりも自分たちの党内出世のほうを優先するに決まっている。

 念のために付け加えると、中国の自称「人民解放軍」はもともと共産党の軍(私兵)のまま今日に至っているので、ソ連式の政治将校は必要ない。

 また、多数の国有企業や軍の支配下にある企業群も同じで、党の支配が行き届いている。

 したがって中国共産党の新しい統制の狙いは、市場経済システムで急成長してきた民間企業そのものということで、そこが注目しなければならない点なのである。

 元中国人で日本に帰化した評論家・石平(せき・へい)氏によると、民営企業のみならず、外資を含む「新経済組織」と、学術団体や業界団体、NPO組織、同好会など、ここ20年で台頭してきた民間団体を意味する「新社会組織」が、この統制のターゲットだという(産経6/29)。

 つまり、この「両組織」は共産党と無関係なところで成長してきたので、共産党にとっては「空白地帯」ということになる。
 この空白地帯を早く埋めないと、蟻の穴から堤防が崩れるかもしれないという恐れが大きくなると気がついたわけだ。

 上場企業のうちで定款変更した大企業のなかには、鉄鋼大手の宝山鋼鉄や中国銀行、中国工商銀行などの老舗企業も含まれているが、おそらく党への忠誠心誇示が狙いなのかもしれない。

 しかし、現にトヨタやホンダと合弁事業を展開する広州汽車集団も定款変更した中に入っている。
 日本との事業に、同社内の党組織が将来にわたって何も異議を唱えないはずはないだろう。
 
 目付役というのは、存在感を示さないと役目を果たせない。

 この問題は日本との潜在的経済問題ではなく、世界が公然と批判し撤回を迫るべき大問題である。

 鄧小平が「改革開放」に舵を切った1978年以来、初めて習近平の時代になって逆方向への修正が必要になった。
 それほど習主席(党総書記)は、共産党独裁の強化を自身の地位の強化と同一視していると見るべきだろう。

 市場経済が深化進展すれば、中国はいずれ政治体制も民主化に向かうという楽観論が絶えず聞かれた。が、そういう論者は今なんと言うだろうか。

 上記の石平氏は、企業という生命体にがん細胞ができるようなものだとし、外資企業が打てる手は「共産党支配の中国から1日も早く撤退すること」だと警告している。(おおいそ・まさよし 2017/08/29)


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