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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No226
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年1月29日

         陛下の真意は向こう三代の確立

 天皇陛下が来年4月末に退位、翌日「上皇」となり、皇太子殿下が第126代の天皇に即位する。同時に弟の秋篠宮が「皇嗣殿下」になるので、その長男の悠仁親王がそのまま皇位継承第2位に繰り上がる。

 誰もがそう理解して疑わないと思っていたら、どうもそうではないらしい。以下、正確を期するために、あえて尊称や丁寧な言い回しを省くことにする。

 正月早々、左派ジャーナリストの田原総一朗氏が「女性セブン」誌のインタビューで、「秋篠宮さまに続いて、愛子さまが天皇に即位されるべきだ」と述べた。

 これに即座に反応したのが漫画家で保守の論客である小林よしのり氏で、「秋篠宮の後では遅すぎる。皇位継承の基本は<直系>であるから、新天皇の次は愛子さまだ」と自分のブログで反論したのだ。

 さあ、これは一体どういうことだろうか。男女平等の価値観を前面に押し出す左派と、直系を主張する保守派が、結論だけ同じ「愛子天皇」の実現を訴えているわけである。

 この奇妙さは、実は天皇陛下が悩みに悩んで突然の譲位宣言にたどり着いた原因そのものだと言えるのである。

 陛下が平成22年(2010)7月22日夜の皇室参与会議で、「皇太子に譲位して私は上皇になる」と言いだし、仰天した皇后以下全員が反対したということが今ではよく知られている。

 この時点では陛下はまだ76歳で、公務ができないほどの高齢というわけではなかった。むしろその2年前に、ストレスが原因の不整脈や胃・十二指腸の炎症があり、宮内庁は「将来の皇位継承の問題などを憂慮」と発表している事実が重要だ。

 これは時系列で見ると真相が分かるという好例である。皇位継承問題の心痛は、その2年前に悠仁親王が誕生し、男系男子の若い継承者が出現したことで、国民も政府も一様に安堵の声を上げたはずなのに、陛下にとっては心痛の始まりだったのである。

 この男孫誕生の数ヵ月前、小泉純一郎首相の意を体した有識者会議の結論が公表され、愛子さまの即位を可能にする男系女子どころか、(父が天皇でない)女系女子まで容認するべきだとされた。

 この過激なまでの男女平等主義を、陛下は国民と政府の多数意見だと誤解したのではないかと思われるのである。そうでなければ、悩む理由はないはずだ。

 72歳の陛下は皇統の歴史を渉猟し、やがて「皇太子派」と「弟宮派」が皇統争いを展開する事態になる、と真剣に考え始めたのだろうと推測されるのである。

 その文字通り胃から出血するほどの試行錯誤の結果、たどり着いた結論が、なんと200年ぶりに「上皇」を復活させるという奇手だった。

 陛下の心中を忖度すると、「自分が上皇になっても在位期間はごく短いはずだから、空位になったらすぐ新天皇が新上皇になってもらいたい。そうすれば弟宮が即位して第3位の悠仁親王が正式に皇太子となる。これなら皇統の争いは起きない」という論理だろう。

 陛下は自分一代限りの特例法でなく、皇室典範の改正で譲位を正式化することを強く望んだと言われており、さらに現行の皇室典範にある摂政制度を強く否定したことも知られている。

 その理由が、これで分かったと言えるのではないだろうか。

 有り体に言えば、これは新天皇を「早送り」にするという提案である。現皇太子が納得するかどうかは推測のしようがないが、雅子妃殿下が新皇后になって体調がどうなるかという問題を抱え、また年齢の近い弟宮がいつ即位し、何年在位できるかというような問題を解決するにはこれしかない、という陛下の判断(御聖断)を尊重するのではないだろうか。

 陛下の深慮遠謀をなぜか安倍政権は受け入れず、一代限りの特例法、つまり生煮えの状態で皇統の問題を先送りにしてしまった。

 政府もメディアも、産経1社を除いて、「退位」と表現しているが、陛下は昨年12月の誕生日に記者団に対する文書で「私の譲位」と明記している。

 すなわち、主語は「私」で「私が位を譲るのだ」と国民に知らせている。政府は憲法上、天皇にはそういう権限がないとみなしている。

 その結果、田原総一朗、小林よしのり両氏のように左右の立場の両方に「愛子さま待望論」が生き残り、「皇統の安定的な持続」が気息奄々(えんえん)のままになってしまった。

 女性が天皇になれないのは時代錯誤だという主張は分かるが、実際問題として日本は華族・貴族を全廃してしまったので、女性天皇の「ムコ殿」の供給源がないということを、当コラムで17年も前に指摘している。(「女性天皇は机上の空論、なぜか?」01/05/22)

 この解決不可能な問題は、女性皇太子でも、一部で支持者のある女性宮家創設でも同じことである。

 ヨーロッパの王室が次々に女性を含む長子継承にしたのは、どこかに貴族のムコ殿候補がまだ残っているからである。
 日本は全く事情が違う。

 女性天皇が実現したとしても、結婚できなければ一代で終わってしまう。女性宮家でも同じだ。

 だから、女性天皇待望論は、机上の空論なのである。

 また、本家の直系が継ぐべきで弟宮は傍系になるという異議も生半可だ。なぜなら、200年前に最後の上皇になった光格天皇も、傍系の閑院宮家から選ばれて即位しており、その光格系が現在の天皇家なので、直系か傍系かという議論は成り立たない。

 徳川家が「御三家」をつくって家系の安定的な持続に成功したことを、日本国民は皆知っている。皇室に関しても、政府が音頭をとってそういう知恵を絞ろうと努力すべきだ。

 わずか数十年の価値観である「男女平等」と、125代続く「皇統」のどちらを優先させるか、というより比較するのも論外というべきではないだろうか。
(おおいそ・まさよし 2018/01/29)


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