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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No227
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年2月28日

         やはり北の懐に飛び込んだムン大統領

 昨年9月の当コラム「北朝鮮の核武装を読み解く」で、韓国がもう4割方、米日韓の「現状維持勢力」から中露朝の「新興軍事勢力」の側になびいていると判断した。

 それが平昌オリンピックを背景に、一気に6割方まで進展してしまった。歴史的な転換点を越えたと見るべきである。

 この動きの主役というより「主犯」は、もちろん文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領である。
 時系列でみると、1月1日に北の独裁者がオリンピックに参加する意向を示したことで、文大統領は自分が米朝の対話を実現させるチャンスと見て舞い上がってしまった。

 米国は、北が経済制裁に音を上げて韓国懐柔に出てきたと認識し、1月30日のトランプ議会演説で北による犠牲者やその家族を紹介し、念入りに北朝鮮に圧力を加える必要性を強調して見せた。

 文大統領は、その強硬なシグナルをあえて無視し、北に対して米国が対話に応じる可能性があると伝えていたに違いない。
 その証拠に、北は形式的ナンバー2にあたる金永南・最高人民会議常任委員長を派遣することにした。

 米国は開会式にペンス副大統領が出席することになっていたので、同じ格式の代表を派遣して、首脳級対話に備えたことは明らかだ。

 文大統領は米国に対しては、北が核・ミサイルで譲歩する用意があると、これもまた明らかなウソを伝えたに違いない。

 その証拠に、2月2日のホワイトハウス幹部会議で、ペンス副大統領が北の代表団と接触することを決め、それを韓国から伝えられた北の金正恩・労働党委員長は7日、実質ナンバー2で実妹の金与正・党第1副部長を送ると発表した。

 米国側は文大統領の言動には不信感を抱いているので、ペンス副大統領はまず日本に寄って安倍首相と綿密な打ち合わせを行った。

 そして、北で逮捕拘留され解放後に死亡した米学生の父親を帯同して訪韓し、韓国海軍基地で脱北者に面会したり、2010年に北に撃沈された哨戒艇の残骸を視察したりして、北に対する圧力を強化する立場に変わりないことを態度で見せつけた。

 それを見ていた北側は、米国が何も譲歩する気がなく、それどころが米国の核放棄要求が本気だと通告するつもりだと悟った。
 その結果、2月10日に予定されていた極秘の米朝首脳級会談を、ギリギリ2時間前になってドタキャンするに至った。

 この事実は10日後に米側が発表して明らかになったが、文大統領のお粗末さは目に余るというしかない。

 米朝双方にウソ情報(フェイク・ニュース)を伝えて対談を実現しようとし、それが露見して完全な失敗に終わった。
 それでも懲りずに、その当日の夜、ドイツ大統領などの主賓招待の宴会で、ペンス副大統領と金永南を同じテーブルに座らせようと画策した。

 これでペンスが怒らないはずはないだろう。そんなことすら文大統領は分からないらしい。

 ペンス副大統領は宴席を入り口で拒否し、北の代表団とは写真すら一緒に撮らせず韓国を後にした。

 米朝双方を掌の平の上で操り、自分の実績にしようとした文在寅大統領の思惑は大コケとなり、却って北の独裁者の掌の平に乗ってしまったことは間違いない。

 北から正式に訪朝を要請(強要)されたので、拒否する選択肢はなく、実現に向けて北の条件を呑むしかない立場に立たされた。

 条件の1つは、五輪のために延期した米韓合同軍事演習を中止せよということであろう。米国と日本は「断固実行」なので、焦眉の関門だ。

 2つには、当然ながら、国連決議と各国独自の経済制裁を骨抜きにする、つまり事実上無視せよと言うだろう。

 さらに、金正恩委員長に会いたければ、巨額の裏金を上納せよと要求するに違いない。

 これには前例がある。左派政権の金大中大統領が2000年6月に訪朝した前後、現代財閥などが北に500億円相当のドルやウォンを送金しており、それで金正日との会談が実現したと噂された。

 その翌年に金大中は韓国唯一のノーベル賞である平和賞を受けているので、何のことはない、カネで買ったノーベル賞かと揶揄されている。

 現在の北朝鮮は経済制裁で貿易の縮小とともに独裁者の秘密資金も乏しくなってきたと見られている。弱い立場の文大統領から巨額の裏金をむしり取る好機であることは間違いない。
 
 策に溺れてアップアップ状態に追い込まれた文大統領は、次の一手を探してどうにもならなくなれば、歴代の大統領と同じで、日本を悪者に仕立てて国民の支持を維持回復するしかなくなるだろう。

 その歴代大統領(軍人政権後)が営々と北朝鮮の核・ミサイル開発を続けさせ、いま核武装寸前にまで至ったのである。あとは核弾頭の大気圏再突入を残すのみという段階だ。

 日本も米国も、北の究極の目標である「赤化統一」に備えた「プランB」を具体化する必要がある。(おおいそ・まさよし 2018/02/28)


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