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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No228
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年3月30日

         米朝韓3首脳のノーベル賞狙いか

 悪い冗談のようだが、トランプ米大統領は「ノーベル平和賞」という餌で釣り上げられた可能性が強くなってきた。

 それが証拠に、韓国では市民団体がムン・ジェイン大統領を同賞に推薦する運動を開始し、大統領府から「いくら何でも早すぎる」と1日でストップをかけられたという(Sankeibiz 3/20)。

 まだ一般的ではないが、北朝鮮が一転して和平攻勢をかけてきた狙いは、「ベトナム型和平」だという警戒論が日米韓の専門家には根強い。

 すなわち、米軍を韓国から撤退させた後、北が軍事力で韓国を脅して屈服させるという「赤化統一」シナリオである。

 トランプ大統領がそれを知りつつ乗って見せたのだとすれば、彼のほうは「パレスチナ型和平」を頭に描いていると考えられよう。

 これはノルウェーが場所を提供してイスラエルとパレスチナ側が秘密裏に交渉を重ね、1993年8月に「パレスチナ暫定自治政府」とイスラエルが相互承認に至ったという、いわゆる「オスロ合意」を意味している。

 ベトナム和平の「パリ協定」(1973)と「オスロ合意」はどう違うのか?

 前者では米国が騙された形で完全撤退し、北の共産党独裁国が南ベトナムとの短期間の共存を経て、2年後に軍事力で征服した。
 後者では和平シナリオは実現されず、ジリジリとイスラエルの支配地域と支配力、軍事力が強大となって現在に至っている。

 ところがこの2つには共通点がある。それは「合意」の翌年、交渉当事者がノーベル平和賞を受賞していることである。

 パリ協定では、北ベトナムのレ・ドゥク・ト特別顧問と米国のキッシンジャー安保担当大統領補佐官の2人が受賞者と発表されたが、前者は「まだ平和でない」などの理由で辞退し、後者だけが受賞した。
 北の代表は、さすがに世界を騙していることに後ろめたさを覚えたのかもしれない。

 「オスロ合意」では、イスラエルのラビン首相とペレス外相(元首相)、それにパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長の3人が、ノーベル平和賞を受賞した。

 この「3人」というところがミソなのである。

 ノーベル賞には、共同受賞は3人までという制限がある。平和賞も同じで、パレスチナ側にはアラファト議長1人だけという扱いに不満が残ったと言われている。

 その経緯や歴史を知っていると、今月に急展開した北朝鮮の融和姿勢にムン韓国大統領が有頂天になり、さらにトランプ米大統領が4月末の南北首脳会談予定よりも先に、北の指導者に会うとまで言い出し、それならと韓国側が早くも米韓朝3国首脳会談の可能性に言及したわけが分かってくる。

 この首脳3人で、仲良くノーベル平和賞を獲ろうじゃないかと、誰が持ちかけた?
 もちろん、北のキム・ジョンウン委員長に違いない。

 3人の首脳にとって、ノーベル平和賞を受けるメリットは極めて大きい。キム委員長は「非核化」を約束するだけで、実行は後回しでも経済制裁を緩和させ、韓国の世論を懐柔し、赤化統一への大きな1歩を踏み出せる。

 ムン大統領は同じく左派の先輩大統領である金大中に次いで、韓国史上2番目の同賞受賞者になれば、内政上の立場は格段に強化される。日本に対しても強気で当たることができる。

 トランプ大統領はオバマ大統領と2代続けて同賞を受賞すれば、国内の不人気を挽回し、ロシア疑惑追求の矛先を鈍らせ、外交の実績を誇示して来年秋から始まる再選運動に弾みを付けることができる。

 トランプが急いでいるのは、もしかすると今年のノーベル賞を目標にして、11月の中間選挙を有利にしようとしているのかもしれない。

 実際、オバマは2009年1月に就任し、4月に「核なき世界」演説で評価され、10月に受賞している。
 トランプが、まだ間に合うと計算していても不思議ではないのである。

 ノーベル平和賞の困ったところは、実際の平和活動の結果に授けるよりも、「あげるから、その方向で努力して下さいよ」という意味合いが強いことである。

 あえて言えば、その後の展開には責任を持たないという平和賞なのである。

 それでも利用価値があると考える人が多いから存続しているのであろうが、そのために、もっと多数の被害者が続出している事実も否めない。

 ベトナムでは110万を超す南側住民がボートピープルとなって逃れ、中東では何も解決されることなく戦乱が続き、トランプ大統領は中立の立場を捨てて、米大使館を今年中にエルサレムに移転するという禁じ手を平気で使うに至っている。

 この被害者のカテゴリーの中に、日本も加わる可能性が出てきた。

 つまり、ベトナム型和平でも、パレスチナ型和平でも、日本に向けた核ミサイルは残ることになる。日本が直面する本当の問題はそこにある。(おおいそ・まさよし 2018/03/30)


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