title.jpg
国際政策コラム<よむ地球きる世界>No229
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年4月30日

          平和ショー主役の目的は勝利宣言

 「ムン大統領さん、あなたの任期はあと4年。私は10倍の40年は君臨する。もし万一のことがあれば妹が後を継いで4代目になる。どう見てもあなた方に勝ち目はない」。

 これが北朝鮮の領袖キム・ジョンウン労働党委員長が韓国の大統領に伝えた本音だったと思われる。
 3度目になる南北首脳会談のすべてはこれだけだったと言ってもいい。

 ショーの主役を迎えた側のムン・ジェイン大統領は、もともと北と米国の間を仲介する役目を標榜しており、「非核化」などの核心問題でキム委員長と詳細を議論するつもりはなく、そういう権能もなかった。

 だからショーの目的はトップ同士の親密ぶりを内外に、誇大に発信することに絞られていた。
 その意図を見抜いてキム委員長は、双方3人ずつの「首脳会談」に実妹の金与正(ヨジョン)党第一副部長を同席させた。

 まだ30歳という若さのヨジョンは、キム委員長の個人秘書のようにキビキビと動き、同時に式典ではまるで振付師かイベント会社のディレクターのような、独自の動きをして注目された。

 集団撮影では代表団の末席近くに位置していたが、首脳会談では委員長の左側に座り、実質ナンバー2であることを、公式に南側に知らしめた。

 昔々の日本も中国の影響を受けて、左大臣のほうが右大臣よりも上だった。韓国側もムン大統領の左側に、腹心で実質ナンバー2の大統領秘書室長が座った。

 ムン・ジェイン自身が左派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に大統領秘書室長として仕え、2007年の訪朝・第2回首脳会談に同行していた。

 したがって、この3度目の首脳会談は、自分が秘書室長から保守政権2代を挟んで大統領に当選した本流だと誇示する場でもある。

 しかし、そうであればあるほど、北の独裁者の左席に座っている若い女性が、正統性を持つ後継者であることを認めることにもなる。ムン大統領も致し方ないと受け入れたのであろう。

 この時点で、この外交戦はキム委員長の勝ちと決まったのである。

 ちなみに、右側の席は首相(格)でなく、双方とも情報機関の長が占めた。異例とも言えるが、この平和ショーのお膳立てと交渉の大部分は双方の情報機関が担当し、米国も中央情報局(CIA)が中心となっているので、こういう人選になったと思われる。

 その首脳会談で、双方が同じ書類バインダーを持っていたので、議題はあらかじめほとんど完成していた合意文書「板門店宣言」を、頭から文言を検討していっただけで終わったと判断される。

 そこで、午後の共同植樹のあと、首脳2人だけで散歩し、橋の上のベンチで話し込んだのが「本当の首脳会談」だったことになる。

 その内容がなんだったか憶測を呼んでいるが、不思議なことに、キム委員長の顔だけが延々と30分もテレビカメラに写されている。これでは全世界の情報機関が彼の唇を読む作業に取りかかったに違いない。

 それが分かっているだろうから、そんな不用意な場所で、機密に属するようなやりとりをするはずはないということになる。

 おそらくは、ムン大統領がトランプと会った時の印象や電話でのやりとりなどを話し、米朝首脳会談に向けてのノウハウを伝授する程度の会話だったのではないだろうか。

 このように分析すると、「板門店宣言」の末尾に唐突な形で「文在寅大統領が今年秋に平壌を訪問する」と書かれたことと、金王朝の後継者としてのヨジョンを事実上認めたことは、数週間以内とされる米朝首脳会談に相当な制限を加えたことになる。

 つまり、今秋のムン訪朝までの間、トランプはどんな形であれ、北に対して軍事行動をとることが事実上封じられたわけであり、また双方少数の「首脳会談」にキム委員長がヨジョンを伴った場合、米国もキムの後継者を公的に認めたことになる。

 すなわち、北が要求する「体制の維持・保証」を、「軍事攻撃しない」「後継者を認める」という形で与える結果になるのではないか、という論理的帰結である。

 よく言われるように、トランプ大統領の言動は予測不能なので、必ずしも南北2人の指導者が画策したように事態が進展するとは限らない。

 しかし、この2人が結託して、同床異夢ながら、「自主統一」(板門店宣言)、すなわち日米中など周辺諸国の干渉を排除する意志を確認したことに留意すべきであろう。(おおいそ・まさよし 2018/04/30)


コラム一覧に戻る