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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No230
    by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年5月28日

          わかりやすい北のソ連流交渉術

 北朝鮮が旧ソビエト連邦の直系の愛弟子であることを思い出すときだろう。冷戦時代の全期間、西側諸国はソ連の交渉術に翻弄させられてきた。

 その間、西側の盟主だったアメリカの議会や情報機関、研究機関などは膨大な人材と資金を投入して、ソ連の行動様式を研究している。

 そうせざるを得なかったという面もあるが、かつて敵国日本に関しても同じように広く深く調査研究し、有名な「菊と刀」(ルース・ベネディクト著)を歴史に残している。
 アメリカという国の行動様式でもあるだろう。

 そのことを知っていると、北朝鮮が1月から突然、韓国に対して微笑外交に乗りだし、韓国を使って米大統領に交渉を持ちかけ、それが実現しそうになると、こんどは急に米側を非難して首脳会談の延期を示唆するという行動がよく理解できるのである。
 
 重要な交渉の直前に、突然、相手方(西側)を非難し出すのはソ連の常套手段だった。

 西側はソ連が何に怒っているのか分からず、会談が延期や中止になるのではないかと不安になる。
 そうした経緯のあと、実際に会談が開かれると、西側は「開かれた見返り」に何か譲歩しなければならないような心理状態に置かれるのである。

 今回の北朝鮮も同じようなパターンを繰り返したと見ていいだろう。それが透けて見えるのは、第1外務次官とその下の外務次官(女性)が、強硬派のペンス副大統領とボルトン安保担当補佐官とみられる2人を対象に、罵詈雑言を浴びせたからである。

 トランプ大統領が相手ではないことを言外に知らせ、かつ2度の訪朝でキム・ジョンウン委員長と交渉したポンペィオ国務長官の路線を外れるな、と要求したと判断されるのである。

 国務長官が北に拘束されていた米国籍の3人を連れ帰ったことを思い出させると同時に、首脳会談の前にその見返りをよこせという意味か、あるいは少なくともトランプに引け目を感じさせることが狙いだったに違いない。

 まさにソ連流そのものである。

 ところが、アメリカは当然、そうした交渉術はとっくに研究済みであるうえ、トランプ大統領という人物が想定外の性格の持ち主だった。

 まさか、トランプがムン・ジェイン韓国大統領と22日に会い、6月12日の米朝首脳会談を確認した2日後に、いきなり会談中止を通告してくるとは夢にも思っていなかったに違いない。
 
 これはもう会談前から、キム・ジョンウンの全面敗北といっても過言ではない。大嫌いな中国の習近平・国家主席に2度も頭を下げて支援を取り付け、米国の「非核化要求」を半分に値切る交渉を目指していただろうキム委員長は、思惑とは逆に、「米国に会談を開いてもらう見返り」を用意せざるを得なくなった。

 そこで窮余の一策、また頼ったのは韓国のムン大統領である。26日の2回目の南北首脳会談で、具体的に何を頼んだのかは明らかになっていないが、ムンはもともと親北どころか「従北」とまで言われる融和論者である。
 実質的に北の代弁者であり、使い走りを喜んでやっているだけである。

 いまや、ムンの言動にはトランプ大統領も不信感を強めているようだ。22日の米韓首脳会談も冷淡なムードだったと言われる。

 朝鮮半島の平和とひとくちで言っても、韓国は休戦協定の当事者ですらない。それなのにムンは米朝の双方に対して、かなりの「仲人(なこうど)口」を利くことによって、和平プロセスの「運転席」に座ろうと虫のいいことを考えている。

 こういう政治的な誇大妄想は韓国民(半島民族?)によく見られる現象であって、保守系のパク・クネ前大統領も「米中の仲介者」を自認し、同時に日本を世界で貶めることで自分の存在を大きく見せようとした。

 北の独裁者が核とミサイルを全部放棄することなどあり得ないというのが世界の常識だ。それなら、何を目的に対米交渉に乗り出したのか。

 もう40年近く前の米中央情報局(CIA)レポートに、こういう記述がある。

 <アメリカ人は交渉が成功裡に終わらないと、不安を感じることが多い。つまり文書が完成し、署名、調印、文書の交換が行われることを望む。>
 <ソ連は伝統的に、交渉を通じて協定を結ぶことよりもむしろ、交渉過程を利用して「ソ連自身の利益を増進すること」に関心をもっている。>

 この「ソ連」を「北朝鮮」に置き換えれば、今日そのまま通用するのではないだろうか。(おおいそ・まさよし 2018/05/28)


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