国際政策コラム<よむ地球きる世界>No231 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 平成30年6月28日 非核化イコール拡散防止で合意か シンガポールで実現した米朝首脳会談は、「交渉より興行」とまで揶揄されているが、どっちが勝ったとか負けたという分析は、的を射ていないと思われる。 何が起きたのかを評価するには、関係各国の「究極の目的は何か」という本質に照らし、どの国がその目的にどの程度近づいたかという視点で分析するべきである。 まず米国だが、トランプ政権の目的はよく引用される「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)ではない。 それ自体が一種のスローガンで、そもそも何をもって「完全」というのか定義が困難だ。 当コラムで何度も言及しているように、米軍の核・ミサイル戦力と北朝鮮の核・ミサイルでは比較にもならない。 仮に北が米本土どころかグアムやハワイを核攻撃した場合、あるいはその気配を見せた場合には、米国の核で北朝鮮は地球上から消滅させられる。 それが分かっているから、北にCVIDを本気で要求する必要はないのである。 それなら、トランプはキム委員長に何を要求し、どんな返事を勝ち取ったのだろうか。 そう考えるべきだろう。 ヒントは、ほとんど同じタイミングで、イランと6ヵ国の「核合意」から一方的に離脱すると宣言したことである。 2015年7月に5大国+ドイツが、イランの核開発を抑制させる合意をイランに呑ませ、代わりに経済制裁を解除する妥協が成り立った。オバマ大統領が焦ったレガシー(実績)である。 この合意が不満だとするトランプは、米国単独で離脱し経済制裁を再開する道を選んだ。 そうなると、イランの将来の核可能性には格別強硬な態度をとりながら、核・ミサイルの開発を終了して実戦配備寸前の北朝鮮には「安全の保証を提供する」(共同声明)と約束したわけである。 これはどういうことだ? 矛盾してやしないか、という批判が当然起きてきた。 ところがこの一見相反するような政策は、北朝鮮からの核拡散(流出)を完全防止するという戦略で一貫していると見なければならない。 核兵器の技術が流出・拡散した例は決して少なくない。北朝鮮の核・ミサイル技術はもともと旧ソ連から提供され、1991年のソ連崩壊後には独立したウクライナとカザフスタンから技術者も大量に獲得したといわれる。 また冷戦下で南アフリカの白人政権が核爆発物を6個製造し、後に完全廃棄したと発表したが、関与した南アの企業数社が後に技術を拡散させたという(Newsweek 6/19号)。 アメリカが本当に恐れているのはこういう前例であろう。仮に北が現状以上に核開発を続けないと約束し、国際的な査察に応じたとしても、ウラン資源や技術そのものと技術者を全部消し去ることはできない。 北朝鮮からイランに核技術が流出する事態は、トランプにとって悪夢以外の何ものでもない。 したがって、北の言う「非核化」は、実は「拡散・流出させない」という約束であり、その約束を破らない保証をトランプがどう取り付けたかという点が、評価の分かれ目になる。 トランプが記者会見で、聞かれもしないのに「米兵を帰還させたいがまだ手順は決まっていない」と言い、在韓米軍の撤退を示唆したのは、この問題と明らかにセットになっていると思われる。 北が「不拡散の約束」を長期間にわたって守り続けるならば、並行して在韓米軍の削減、そして完全撤退もあるぞというオファーであろう。 在韓米軍の撤退案は40年以上前にカーター大統領が選挙公約に掲げたほど古く、決してトランプが突出しているわけではない。 次に北朝鮮の究極の目的は、当然ながら、韓国を骨抜きにして事実上支配下に置くことである。 韓国のムン・ジェイン大統領は北出身の両親を持つ「在韓二世」で、政治的信条として南北2体制による「高麗連邦」を実現したい。 この2つの思惑は、ベトナム和平が2年後に崩壊して北が武力で統一した前例を見れば、どちらが甘いか自明であろう。 驚いたことに韓国では、2020年から使われる小・中・高校の国定教科書では、「半島唯一の合法政府」という記述が削除されることになったという(朝鮮日報日本語版6/22)。 つまり自国の合法性を自ら否定し、暗に北朝鮮の体制の合法性を認めるわけである。 そのために、「自由民主主義」という用語から「自由」が削除されることになった。単なる「民主主義」なら北の「人民民主主義」と矛盾しないということで、ムン政権は前のめりで北に合わせようとしていることがよく分かる。 ムン大統領、あるいはその親北路線の継承者は、北の核・ミサイルが存在している間に、統一朝鮮を実現したいと考えているだろう。たとえキム体制下であっても、核武装国として日本より格上になれる。 つまり、韓国の本音は「完全な非核化」ではない。 世論調査をすれば、常に日本が「仮想敵国ナンバー1」になる国である。 中国はどうか。中国は南北連邦か、統一朝鮮か、あるいは分断のままがいいか、実はどれでもいいが、核はない方がいいと考えているはずだ。 なぜならば、すでに韓国経済は中国なしでは立ちゆかないほどになっており、米軍が撤退するのは歓迎するが、しなくても歴史的に半島が朝貢国として戻ってきたという認識を持っている。 権力者となった習近平が掲げる「偉大な中華民族の復興」には、忠実な朝貢国・朝鮮がパーツでなければならない。しかし、そのパーツが核・ミサイルを持っていると思いのままにならない可能性が強い。 だから、半島の非核化が望ましい。 したがって中国の究極の目的は、核のない朝鮮半島を保護国として、「核の傘」を差し掛けることにあると考えられよう。 ちょうど米国が非核の日本を「核の傘」で保護しているのと同じである。 それでは、その日本の究極の目的は何か? 実は日本には、半島をどうしたいという主体的な目的も戦略もないのである。ないのに主体的な行動が出てくるはずもない。 歴史的に日本は、7世紀の百済支援の出兵以来、朝鮮半島に関わると必ずひどい目に遭うという経験則があると言われる。 それが今後も正しいという政策判断があるならそれでもいいが、何もないならそのこと自体が最大の問題だということになる。 拉致問題の解決が望めないというのは政治的には言いにくいだろうが、巨額の経済支援も出さないままで時を稼ぐ。積極的に首脳会談などを求めないというのも1つの選択であろう。(おおいそ・まさよし 2018/06/28) |