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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.234
  by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年9月29日

         あと3年見透かされた安倍首相

 平成最後の年の今月12日、おそらく最大級の外交失敗が安倍首相を襲った。

 ロシア・ウラジオストックで開かれた「東方経済フォーラム」の席上、演壇に並んだプーチン大統領が突然、「前提条件なしで、年内に平和条約を締結しよう」と安倍首相に提案したのである。

 平和条約と言っても実態は戦争終結後の講和条約であって、日ソ(露)間に残されているのは領土問題だけである。
 したがって、領土問題を棚上げして平和条約を締結するのは全く意味がないことは明らかだ。

 日本が70年近くも言い続けてきた「領土問題を解決して平和条約を」、という順序をプーチンはいともアッサリと無視して見せたのである。

 これを「ちゃぶ台返し」と表現したメディアもあるぐらい、安倍首相には大ショックだったはずだ。なにしろこれまでに22回もプーチン詣でを繰り返し、個人的に親しい関係を築いてきたというのが、首相のウリの1つだった。

 おまけに8日後には自民党総裁選が控えており、3選は確実であって、3年後には在任9年(第1次と通算10年)の日本最長記録となることがほぼ確定していた。
 その3選に水をかけようとしたのだろうか?

 実はそうではなくて、プーチンの「ちゃぶ台返し」は、この3選、すなわち「あと3年」に向けられたメッセージだったと見るのが正しいだろう。

 壇上でプーチンと安倍の間には、中国の習近平・国家主席が座っていた。ここがミソである。
 
 プーチンと習の2人は、事実上任期のない、あるいは自由に決められる独裁者の地位にある。
 対する安倍はこれから3年しかない。彼らからすれば、安倍の任期に付き合って何か重要な譲歩をする必要はどこにもないということになる。

 4月のコラムでも指摘したが、韓国の大統領は任期5年で再選はないので、その時点であと4年。対する北の独裁者は40年でも君臨するつもりだ。
 これでは勝負にならないことが誰にでもわかる。

 アメリカのトランプ大統領も、状況は似たようなものだ。任期4年で再選されれば8年まで可能だが、2年ごとに中間選挙(大統領選がないだけの総選挙)と本選が繰り返されるので、絶えず実績を誇示する必要に迫られる。

 民主国家が本質的に独裁国家に対抗しにくいゆえんである。

 プーチンは、2000年に大統領に当選し、2期8年の後、腹心の首相メドベージェフを大統領に当選させ、自分を首相に任命させて実権を握り続けた。
 そして憲法改正で任期を6年に延長した後、12年に大統領に返り咲き、今年3月に再選された。

 任期満了は2024年となるが、もし大きな失政がなければ、また腹心を名目大統領に据えて、自分は首相になって独裁政治を続ける可能性が大であろう。

 習近平の隣の席であえて安倍を突き放し、「領土の交渉はあんたの後任、そのまた後任、とするしかないな」と引導を渡したことになる。

 これは同時に、安倍首相の対ロシア外交は何の意味もなかったと、相手方が世界に向けて宣言したようなものである。

 安倍総理は、自分の任期中に北方領土問題を解決するとか、拉致問題を解決するとか、期限を切った公約を言い続けてきた。

 韓国とのいわゆる慰安婦問題では、2015年末に朴クネ大統領と「最終的かつ不可逆的に解決」で合意したが、あっという間にゴールポストを動かされて、韓国側は何も解決する気がないことを明らかにした。

 朴政権をデモで倒した左派のムン・ジェイン韓国大統領は、日韓合意を事実上ないものとみなし、歴史問題を蒸し返す構えを見せている。

 そのムン大統領に安倍首相は、北との日朝首脳会談を仲介してくれるよう頼み込んでいる。南北朝鮮の根っからの反日指導者に、拉致問題で弱みをさらけ出しているわけである。

 結果として、安倍総理の外交は何も成功していないばかりか、向こう3年間では何もできまいというように、足もとを見透かされる状況に置かれたと見るほかはない。

 頼みの綱はトランプ大統領との「友情」しかないのが現状だが、かろうじて新たに日米物品貿易協定「TAG」の交渉を受け入れ、代わりに自動車関税の問題を凍結することで合意した。

 トランプ流の交渉で友情が通用しない恐れは強く、「安倍の3年間」がこれで担保されたわけではない。

 歴史の流れが、独裁者ないし独裁的権力志向の指導者を次々に生み出している。その流れの中で、ドイツのメルケル長期政権が行き詰まり、フランスのマクロン大統領の支持率が30%を割り込み、EU離脱交渉の英国メイ政権も混迷のさなかにある。

 安倍政権が3年間保つかどうか、実は心許ないと言わざるを得ない。(おおいそ・まさよし 2018/09/29)


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