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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.235
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年10月28日

        米ロ・米中のダブル新冷戦突入

 この10月は明治維新150周年、翌月には日本も参戦した第1次世界大戦終結100周年を迎えるが、そんな感慨を吹き飛ばす特大のハリケーンが2つも、米国から世界に向けて投げかけられた。

 1つは、4日にペンス副大統領が保守系のハドソン研究所で行った対中批判の本格的スピーチで、これはすぐ識者の間でチャーチルの「フルトン演説」に匹敵するものだとする評価が浸透しつつある。

 第2次大戦が終結した翌年の3月、英国を率いて勝利したチャーチル前首相がアメリカを訪れ、ミズーリ州フルトンにおける演説で、ソ連の台頭を「鉄のカーテン」というたとえで警告した。
 すでにソ連の軍事力と共産主義イデオロギーは、ソ連東欧を西欧諸国から完全に遮断してしまったという意味である。

 ペンス副大統領の演説は驚くべき広範な内容で、歴史的な米中関係の始まりからつい最近までの米国側の好意的態度を振り返り、習近平の中国はその好意をすべて逆手にとって、米国の期待と正反対の方向に走っていると非難し、もはや米国は断固たる措置をとるしかないと宣言するものだ。

 多くの識者にとってそうした認識はオバマ前政権の時代に警告されていたが、たとえば南シナ海全域を「領域」として岩礁を埋め立て、軍事基地化しても何も手を打てない(打たない)で見逃してしまった。

 それを見て、習近平は「米国はもはや衰退するのみで、われわれ中華民族がすぐにでも世界の覇権国になる」と判断し、自分がその指導者だと党内・国内で認めさせることに成功した。

 その仕掛けも具体的かつスピーディーで、現代のシルクロード経済圏と謳う「一帯一路」構想、ついでそのための金融機関「アジアインフラ投資銀行AIBB」設立、そして世界経済のトップを目指す「中国製造2025」戦略、と矢継ぎ早に世界規模の経済産業戦略を打ち出した。

 見る目のある人々から見れば、これらの大ボラはすべて中国のカネとヒト(労働力)を世界に押しだし、利益は中国に還元させて自分が太るという新しい帝国主義、経済植民地獲得の手段である。
 それがうまく回転している間は、任期制限を撤廃させた習近平「皇帝」の権力は保証されるという内外一体の政治戦略でもある。

 その事実にやっと米国の官民が気がついたのは、オバマ前政権のすべてを否定したいという極端なトランプ大統領が出現したからだと言えよう。

 トランプの当選に伴って外国からのハッカー介入や盗聴、スパイ活動などが大きく取り沙汰され、その関連から中国が大規模に米国の先端技術を盗取していることがトランプに報告された。

 中国の野心を余すところなく世界に示した「中国製造2025」では、目標の2049年には「世界の製造強国の前列に」躍り出るとしているが、実は中国は自前の技術開発力がほとんどなく、その意欲も弱いことで知られている。
 他国から技術を盗む、真似る、強引に提供させるという手法で、今までやってきたのである。

 したがって、この壮大な目標を達成するためには、これまでの手法に輪をかけて、「模倣、違法、強要で手に入れる」ことを前提にしていると考えるほかはない。

 トランプ大統領もやっとそれに気がついたわけである。もちろん、技術は軍事と一体であることも当然、知っているだろう。

 同大統領は20日、もう1つの大型ハリケーンと言える「中距離核戦力(INF)全廃条約」からの離脱方針を表明した。

 この条約は1987年に米国と旧ソ連の間で結ばれ、91年の「戦略兵器制限条約」(START)につながって東西冷戦の終結に至った経緯があり、そういう意味では歴史的な平和の象徴とも言えるものだ。

 しかし、「地上配備の中距離核(射程500〜5500km)」全廃というのは、主として西欧諸国に歓迎される効果を狙ったもので、ゴルバチョフ大統領のソ連が事実上降伏する地ならしの役目を期待されていた。

 その時代には他の諸国に同種の核兵器がなかったので米ソだけでよかったが、その後、中国、インド、パキスタンも中距離ミサイルを配備し、核搭載も可能と見られる。

 そのほか北朝鮮も同種ミサイルを多数配備し、核搭載技術にも迫っているようだ。イランも核はまだだが、同種ミサイルは開発済みだ。

 つまり現在では、皮肉なことに米国とロシアの2大核保有国だけがINF全廃条約に縛られているわけである。

 ロシアのプーチン政権は事実上、条約を無視して新兵器の開発を進めていると見られており、トランプ大統領が唐突に危険な賭けに出たというわけではない。

 トランプはディール(駆け引き)を得意としているので、真の狙いは別のところにあるのではないかと疑うべきだろう。

 当コラムでは、プーチン大統領が2014年3月にウクライナのクリミア半島を実力で併合し、その翌年には核兵器の使用準備を公言したことで、ロシア自らが「新冷戦」を宣言したと判断している。

 つまりロシアと中国は、それぞれ別々に、「冷戦後の国際秩序」に挑戦する「冷戦2.0」に乗り出したと見るしかないのである。

 ロシアは現在でもステルス戦闘機などの軍事技術を中国に売る立場にあるが、経済規模では中国が約8倍という大差が付いている。

 アメリカという既存の大覇権国に挑戦するにはロシアは力不足であり、中国は逆に意欲満々という違いがある。

 トランプがこの三つ巴の冷戦構造にどう対応するか、その初期の一手がこのINF条約からの離脱表明だと受け止めるべきだろう。

 2正面作戦を避けるのは常識だから、まずロシアを脅して従わせ、米ロで協調して世界覇権を狙う中国に当たる。
 そう読むのが自然だが、重要な点を3つ、指摘しておこう。

 第1に、トランプ大統領は軍事にはシロウトである。第2に、多国間交渉が大嫌いで2国間取引に固執する。
 そして第3に、派手に開幕を演出して脚光を浴びたあと、部下に丸投げする。

 こういうトランプの特性と、北朝鮮・韓国の常識外の行動が、思わぬ変数となるかもしれない。

 中国がなりふり構わず日本を取り込もうとするのはあまりにも見え見えだが、あと3年しかない安倍首相が「我慢」して踏ん張ることができるかどうか。それが問題である。
(おおいそ・まさよし 2018/10/28)


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