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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.237
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成30年12月30日

       軍と軍人に恨み持つかトランプ大統領

 かつて当コラムでは、鳩山政権発足後、この首相の特異な思考方法を分析するのに半年を要し、ようやく政治家になる前の学者としての専門分野の影響が大きいと判断した(平成22年3月)。

 鳩山由紀夫は東大工学部計数工学科卒。コンピューターを駆使して最適解を求める「オペレーションズ・リサーチ」(OR)を専攻し、名門スタンフォード大学に留学して博士号(Ph.D.)を取得している。
 これが彼の「脳力」の基盤になったことは否定し難い。

 つまり、およそ政治家に必要な能力とは隔たりが大きかったといわざるを得ない。

 こういう分析をトランプ米大統領に適用するとどうなるだろうか。その好例が軍人との関係にハッキリと表れたように思われる。

 トランプ政権の発足時、ハチャメチャな大統領にしては意外にまともではないか、と評価される組閣が行われた。最重要ポストの国務長官に、エネルギー業界最大手エクソンモービルのトップで、プーチン・ロシア大統領とも親しいティラーソンを指名したのがそのひとつだ。

 しかしなんといっても、国防・安全保障の要職にプロの将軍を3人も揃えたのが出色だった。
 国防長官にマティス海兵隊大将(退役)、国土安全保障省長官にケリー海兵隊大将(退役)、国家安全保障担当大統領補佐官にフリン陸軍中将(退役)という、いずれも実戦と官僚機構の両方を率いた経験豊富なベテランだ。

 フリン補佐官は1年で更迭されたが、後任も現役陸軍中将のマクマスターが就任し、彼らは「トランプ政権の3つの重し」と呼ばれて期待された。
 しかしトランプ自身は「私の将軍たち」と呼んで家来のように思っていたようだ。ここが問題である。

 今年になって北朝鮮やイラン、ロシアなどに対する外交政策で内紛が表面化し、3月にティラーソン国務長官とマクマスター補佐官が更迭され、重しが1つ減った。

 さらに官房長官に当たる大統領首席補佐官が更迭され、ケリー国土安全保障省長官が後任に抜擢されたが、彼も今年いっぱいで辞任することが決まっている。

 そこに加えて、突然、最後の重しのはずだったマティス国防長官までが来年2月末の辞表を提出し、怒ったトランプが「今年いっぱいで辞めろ」という意趣返しに出た。

 トランプは「宇宙軍」の創設やシリア駐留米軍2千人の完全撤退の発表を、所管のマティス長官に全く相談しなかったというから、これは長官に「おまえは要らない」と言ったに等しい。そう受け取るのが当然だろう。
 
 こうなると、合計4人もの将軍を要職に登用しながら(ケリーは2度も)、次々に全員をクビにしていくというのは、どういう心理状態なのだろうかと考えざるを得ない。

 そこで思い当たるのは、日本ではほとんど知られていないが、トランプは13歳まで普通の学校に通っていたが、素行不良のためミリタリー・アカデミー(軍隊式寄宿学校)に転校させられたことである。

 アメリカにはこういう規律重視の私立校が幾つもあり、例外的に州立大学もあるが、いずれも軍の下部組織ではない。
 単に退役軍人が教員として再就職していることが多いという関係である。

 全寮制で上下関係が厳しく、上級生や教師には絶対服従をしつけられる。いわば「パワハラ」が当然で正義だと教えられるようなものだ。

 人気ドラマ「刑事コロンボ」の第28話「祝砲の挽歌」は、こういう学校を舞台にしているので参考になるだろう。しかし、日本人共通の軍事オンチで「陸軍幼年学校」と誤訳しているのが残念だ。

 トランプは思春期の全期間を通じてこういう教育を受けて卒業し、フォーダム大学に入っている。
 つまり、パワハラを当たり前として受け、年長になると自分がパワハラをする番になり、それでも軍人あがりの教員に対しては服従するしかないという、複雑な反抗心を抱いて大人になったと考えられるのである。

 そういう人物が大統領になり、全軍(アメリカは4軍体制)最高司令官として君臨する立場になったとき、どんなに舞い上がるか想像してみるといい。

 政権発足時には最高レベルの将軍たちを取り込んで得意満面になったが、彼らが無条件で服従しない事態が生じると、思春期に叩き込まれた「脳力」の基盤が強く出てくるのではないか。

 クビになったマクマスター補佐官も別のミリタリー・アカデミー出身だが、大学は正規の(国立)陸軍士官学校(通称ウェストポイント)に入って職業軍人となり、軍務中にさらに一般大学で文学や歴史学の修士号、博士号まで取得している。
 米軍ではこういう高学歴幹部をどんどん増やしているという。

 トランプ大統領もこのように広い分野の大学院教育を受けていたら、広い「能力」を身につけられたかもしれない。

 トランプが海外駐留の米軍を単にコストとしか考えず、同盟国に負担を要求したり、シリアからのように一方的に撤退を命じたりするのは、頭のどこかに軍と軍人に対する軽侮があるからだろう。
 
 その真因を考えてみたのが、今年最後のコラムとなった。
(おおいそ・まさよし 2018/12/30)


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