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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.239
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成31年2月28日

       やはり平和賞狙いだったトランプ大統領

 今月15日、トランプ米大統領が突然、「安倍首相がノーベル平和賞に推薦してくれて、美しい推薦文のコピーを送ってくれた」と公表し、日本では大いに話題となった。

 このニュースは客観的に見ると、情報分析の重要な手がかりになるもので、決して鼻で笑うような話ではない。

 重要なのは第1に、トランプ大統領が昨年6月の歴史的な米朝首脳会談のあと、本気でノーベル平和賞を狙って行動を起こしたという事実である。

 安倍首相だけでなく、何人かの世界的著名人に推薦を依頼したはずであり、それを北朝鮮側も当然、情報としてつかんだと考えなければならない。

 第2に、この場合、北の指導者には2つの選択肢があったはずである。すなわち自分も平和賞を共同受賞できるように、トランプに最大限の協力をして、「完全な非核化」プロセスを前進させる道もあった。

 しかし、キム独裁者はもう一つの道を選んだのである。すなわち、トランプの平和賞狙いの足元を見て、要求のレベルををどんどんせり上げるという方法をとった。

 あの6月の派手な協調演出の後、トランプの思惑を覆して何も実質的進展がなかった理由が、これで明らかになったわけである。

 2回目のハノイ首脳会談の直前に、こういう内幕をさらけ出したということは、まだトランプは平和賞をあきらめておらず、逆に「ほら、君も協力すれば共同受賞できるよ」とキム委員長に呼びかけたのだとも解釈できよう。

 第3に、わざわざ安倍首相の推薦文だけを激賞してみせたのも、十分理由のあることだと受け止めなければならないだろう。

 日本は拉致問題の進展をトランプに頼むしかない立場にある。また、米国に届くミサイルのみを北が放棄することで妥協したなら、日本全土を射程に入れた中距離ミサイルは温存されて終わってしまうことになりかねない。

 日本がトランプ大統領に負う弱みと、将来の北に対する経済的支援という暗黙の強味を、トランプは十分分かっていて、北に対するメッセージとして「安倍首相の推薦文」を誇示して見せたのではないか。

 2回目の首脳会談の場がベトナムに決まったのも意味深長だ。米国が事実上の敗北を受け入れて北ベトナムとパリ協定(1973年)を締結した翌年、両者がノーベル平和賞を受賞している(北は辞退、米国のキッシンジャー安保担当大統領補佐官は受賞)。

 つまり、平和賞に縁の深い土地だと両方が認識していることは間違いない。

 問題は、今年の平和賞選考に向けて、世界が納得するような「非核化」行程が成立するかどうか、またそのための担保がどう確保されるかという点である。

 ハノイ首脳会談は28日、「合意文書」の調印に至らず、実質的に決裂して終わった。
 双方が相手を軽く見ていたと言えるが、時代遅れの専用列車を仕立て、延々3日をかけ中国を縦断してベトナムに乗り込んだキム委員長のほうが、メンツを潰されたという恨みが強いだろうと思われる。

 結果としては、トランプ大統領の過去8ヵ月間の学習効果が勝(まさ)ったということだろう。(おおいそ・まさよし 2019/02/28)


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