国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.245 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 令和元年8月29日 故意の挑発か認知障害かムン大統領 いわゆる一般紙やテレビでは、他国の大統領や元首を異常者扱いすることはめったにない。しかし、さすがにここ2ヵ月ほどで、ムン・ジェイン韓国大統領の判断力に問題があることを、メディアも報道せざるを得なくなってきた。 直近のG7サミットで、トランプ米大統領が「金正恩(北朝鮮)委員長もムン大統領は信用できないと言っている」と暴露した。 これで米国政府要人たちも、いわば部外秘が取り払われたように続々と、韓国の「嘘つき事例」を公表し始めている。 米国をいちばん怒らせているのは、ムン大統領が米国に対しては「北の核放棄は本気」と言い、北朝鮮に対しては「朝鮮半島の非核化」でトランプ大統領は納得している、と言い続けていることが分かった点であろう。 北にとって、後者の表現はイコール「米軍が韓国から完全撤退し、周辺からも攻撃兵器を撤収する」という意味である。 つまり、北にとっては「北の非核」と「半島の非核」は正反対の意味になるのに、ムンは巧みに相反する甘々の「なこうどぐち」を利いていたわけである。 今月22日に韓国は、日本との「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)を破棄すると通告した。 日本は一連の反日政策の続きだとして驚かないが、米国は日米韓の安全保障連携から外れる端緒だと受け止めたようだ。 産経の1面の名物コラム「産経抄」では、「喜ぶのは中国と北朝鮮ばかりで、文氏の言動は感情的で非合理に思える。だが、逆に日米から離れることこそが文氏の本当の目的だったらどうか。そう考えるとすとんと腑に落ちる」と指摘した(8/24)。 当コラムでは今年1月の号で、この疑いを「ルーズベルト方式」として詳しく論述している。その後半部分を再掲して、なぜムン政権があらゆる場面で嘘をつき続けるのかを考える一助としたい。 (以下は部分再掲) 易姓革命と容共統一幻想のムン政権 ムン大統領の短期的な政治目的を、ムン自身の立場になって考えてみると意外に簡単なことが見えてくる。 それは、大統領を目指した選挙公約で、南北の両体制を残したままで「高麗連邦」を実現するという目的である。 一気に南北統一というのは左翼政治家としても困難だと分かっているので、北朝鮮とは基本的な利害で一致したところで、連邦国家を宣言したいというのが本音だと思われる。 そのためには北を敵から外し、どこかの国を新たな強敵として国民に認識させなければならない。 その強敵に、韓国民が憤激するような振る舞いをさせ、その瞬間を捉えて北の金正恩委員長をソウルに迎え、連邦国家の成立を宣言する。国民は「南北共通の新たな強敵」に対する抑止力として、北の核・ミサイルを暗黙のうちに容認する。 ムン大統領は、あと3年、実質2年ほどの内に、このシナリオを完成させなければならないと計算しているだろう。 連邦国家を実現できれば憲法を改正して、現在の任期5年で再選不可という規定が北朝鮮のトップと釣り合わないので、任期延長か再選可能ということになる必然性が強くなる。 日本を怒らせて何の得があるのかという声は韓国内では少数で、国民感情を武器に使う手法はますます有効に機能している。 それどころか、国の「みなし」公務員である一橋大学准教授の韓国人専門家が、「憲法改正という政治目標のため、中国・北朝鮮に代わる『新たな敵』を安倍政権が必要としている」と、まるで正反対の見方を堂々とニューズウィーク日本版に書いている(1/29号)。 日本ではそんな曲解は野党ですら皆無と言っていいが、こういう悪宣伝は韓国の得意芸なので、あっという間に世界中にこれが拡散される恐れが強い。 韓国の事実逆転戦術は、日本の哨戒機に火器管制レーダー(対空砲・ミサイルの狙いを固定)を照射したことを指摘されると、言い訳を二転三転させたあと、日本機が低空で威嚇飛行したと逆に謝罪を要求し始めたことでも繰り返された。 ムン政権が日本をどんどん怒らせて、何らかの強い対応を引き出すことを狙っているとすれば、かつて米国が日本に最初の1発を撃たせるワナを仕掛けた「ルーズベルト方式」を思い出さざるをを得ない。 それが日本海の空と海に及んできたことは、極めて危険な状態に進んできたと判断しなければならない。なぜならば、韓国政府が国民の感情を最大限に刺激するためには、竹島を持ち出すのがいちばん手っ取り早いからである。 また日本側は、哨戒機はルーティーンの任務では爆雷などを積んでおらず、非武装だから低空で威嚇飛行などしたら自分が危ないと、当たり前の説明をして理解を求めているが、それが逆に利用される恐れがあるのだ。 すでに韓国側が示唆していることだが、低空で特攻攻撃、つまり神風(カミカゼ)体当たりをしてくる構えを見せたので対空砲・ミサイルで迎撃したという理屈を用意していると見るべきなのである。 世界の常識として、軍人は最も戦争をしたくないと考える人々だというが、韓国の政治家はそれと正反対の世界に住んでいるのかもしれない。 韓国の与党国会議員で国防委員長の要職にある人物が1月18日、「安倍首相が国内政治のために国際摩擦を助長している。(朝鮮出兵の)豊臣秀吉と重なって見える」と奇想天外な言いがかりを公式に発表した。 つまり、日本を挑発する韓国上層部は、日本がまた朝鮮半島を侵略する意図を見せたと、国民にマインドコントロールし始めたわけである。(後略)( 2019/01/30) 以上の再掲で、史上最悪といわれる日韓関係の現状の背景がよくわかるだろう。 7月から日本が始めた安全保障上の輸出管理強化を、いきなり「経済侵略」と非難して国民をデモと日本製品不買運動に駆り立てた。 日本の「侵略」に備えるよう、世論を巧みに操作していたところに、日本が意表を突く経済的「奇襲」をかけてきたと認識したのだろう。 これを一種の「認知障害」と呼ぶべきか、それとも政治戦略的には大成功と見るか、まだ判断は付かないが、少なくともムン大統領本人は「してやったり!」とほくそ笑んでいるのではないだろうか。 もちろん、本当に大成功なのかどうかは、大目的である南北連邦国家への道が開けるかどうかにかかっているわけである。 (おおいそ・まさよし 2019/08/29) |