国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.246 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 令和元年9月28日 おかしいと気づかないか「重罪と軽罪」で弾劾 またぞろトランプ米大統領の弾劾騒ぎが再燃した。2年前の6月コラムでも正確な情報を提供したが、再び繰り返して日本のメディアが間違った報道をしている点に、注意を喚起しなくてはならない。 まず第1に、弾劾に関して大統領のみを対象にした憲法の規定はない。 弾劾の根拠は米国憲法の第2条(大統領)第4節にあるが、対象はなんと「大統領、副大統領、およびすべての文官」となっている。 つまり軍人以外の、裁判官を含むすべての公務員ということである。 弾劾の理由となりうるのは、「Treason, Bribery, and other high Crimes and Misdemeanors」、すなわち反逆罪、収賄罪、その他の重大な犯罪・非行」と規定されている(high は犯罪と非行の両方にかかっていることに注意)。 広く流布している定訳では、この部分が「その他の重罪および軽罪」となっていて、日本の記者や外交官までが、この間違った訳文をそのまま信用して間違っているのである。 この誤訳では「misdemeanors」をなぜか「軽罪」としているが、「重罪と軽罪」を並べて弾劾の根拠とするのはおかしいと思わないのかということである。 軽罪というのは駐車違反のような、刑法に定められている最も軽い部類の犯罪を意味する。 すなわち、「misdemeanors」をそういう軽罪と受け取るのは明らかにおかしいのであって、刑法に罰則の定めのない「非行」と受け取らないと、重罪と「重大な非行」を並べる意味が出てこないのである。 実際の適用例として、「ウォーターゲート事件」のニクソン大統領は、「司法妨害、権力濫用、議会侮辱」の3つの理由で弾劾訴追が確実になり、議会が手続きを開始する前に観念して辞任した。 この3つのうち、司法妨害は「重大な犯罪」、権力濫用と議会侮辱は「重大な非行」と仕分けできよう。 「セックス・スキャンダル」のクリントン大統領の場合は、「重大な犯罪」である偽証と司法妨害の2つが訴追の理由となったが、スキャンダルの核心は「ホワイトハウス内で若いインターン女性と性的関係を持った」という事実だった。 したがって実質の理由は、「重大な非行」だったと判断するのが妥当であろう。 このクリントン弾劾プロセスは連邦議会下院で訴追成立し(起訴にあたる)、陪審員にあたる上院に送られたが、有罪に必要な3分の2の賛成が得られず、大統領罷免には至らなかった。 これらの前例をトランプ大統領に当てはめるとどうなるだろうか。 ようやく下火になっていた「ロシアゲート」疑惑は広範であって、大統領選挙にロシア政府機関のネットによる介入や民主党への妨害行為があったかどうか、またそれがトランプ陣営とつながりがあったかどうか、さらには当選後の政権準備期間に、ロシアに国家機密を漏らしたかどうかという疑惑も含まれていた。 にわかに燃え上がった「ウクライナ疑惑」は、わずか2ヵ月前の7月25日の米・ウクライナ首脳間の電話会談から生じたもので、まだ湯気が立っているほどホットな事案である。 トランプは相手のゼレンスキー大統領に対し、民主党のバイデン大統領候補(前副大統領)が現職時代に、ウクライナの検事総長を罷免するよう圧力をかけたことを調査するよう何度も要請したという。 バイデン副大統領(当時)は、捜査対象のウクライナ企業で高給を取っていた息子の利益を擁護するため、そういう行動をとったと噂されている。 民主党多数の下院議長ナンシー・ペロシは、今までは慎重だった大統領弾劾のプロセスを、一転して「調査開始する」と宣言した。 たしかに現職の大統領が再選を目指し、最有力と見られる相手候補を貶めるよう他国の首脳に圧力をかけるというのは、どう見てもフェアではないし、異常な神経の持ち主であることはまちがいない。 これだけでも「重大な非行」といえるかもしれないが、弾劾の理由としてはもっと明らかな、「司法妨害」「偽証」といった「重罪」が必要であろう。 トランプ大統領は、公表していない電話会談の記録が暴露され、ウクライナに対する軍事援助をちらつかせながら、自分の選挙のための要求をしていたことが明らかになれば、これは幾つかの連邦法に違反している疑いが濃厚になる。 場合によっては、「反逆罪」「収賄罪」とみなされる恐れさえあるだろう。 いまのところペロシ下院議長は、事件が大きくなればなるほどトランプだけでなく、バイデン候補もキズを大きくする可能性が大で、結果的には民主党2番手の女性候補エリザベス・ウォーレン上院議員が漁夫の利を得ることになる、と読んでいるのかもしれない。 トランプ大統領が下院による弾劾訴追に追い込まれる可能性はまだ低いが、大統領選挙戦に与える影響は案外大きいのではないかと思われる。 (おおいそ・まさよし 2019/09/28) |