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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.247
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和元年10月30日

        支持基盤が危うい安倍最長政権

 来る11月20日から安倍晋三首相は桂太郎(2886日)を抜いて、近代日本の首相として最長の在任期間を、日々更新していくことになる。

 任期はまだ2年弱あるが、ここへ来て支持基盤である中道保守の中から、強烈とも言える安倍批判が噴出し始めた。

 その理由は対中政策に対する疑念であり、特に来春といわれる習近平・国家主席の国賓としての招待を再考せよという主張である。

 例えば自他共に許す首相ブレーンのひとりであるジャーナリストの櫻井よしこ女史は、「なぜ習氏の国賓待遇での来日に傾いているのか。国際社会を広く見渡す首相の視点の確かさを思うとき、理解し難い。或いは外務省が正しい情報を入れていないのではないか」と正面から批判し、香港問題が激化した現在では「招待の再考を中国側に提案してこその日本外交であろう」と提言している(週刊新潮10/24日号)。

 また安倍首相に近いとされる産経新聞も「主張」欄(社説)で、ペンス副大統領の中国批判演説第2弾を取りあげ、「トランプ政権の危機感とは対照的な最近の日本による対中融和姿勢への懸念」に注意を喚起している。

 ペンス演説では特に尖閣諸島への中国艦船の侵犯に言及しているが、それ以外にも新たに14人目の日本人拘留(9月)に対しても、香港や台湾情勢、さらには国際的人権問題となっているウイグル人への大規模な圧迫に関しても、「大変憂慮している」と外交的に最弱の文言を述べるのみである。

 産経の「主張」は「安倍首相はペンス演説を、自らへのメッセージと受け止めなければならない」と手厳しい警告で結んでいる(10/26)。

 実のところ、首相が対中融和にどんどん傾いてきたのは、誰の目にも明らかな理由があるためだ。

 それは、憲政史上最長政権のタイトルに反して、外交上のレガシー(歴史に残る業績)が何もないという事実である。

 安倍氏は小泉純一郎首相の北朝鮮訪問に同行し、拉致問題で日本側の強硬姿勢を支えたことで頭角を現した。
 第1次安倍政権では「戦後レジームからの脱却」を掲げ、慰安婦の強制性を認めた「河野談話」や日本が全面的に悪かったと謝罪した「村山談話」を「見直す」と約束した。

 しかし実際には、見直すどころか、第2次政権ではかえって両談話を「裏書き」(追認)する談話や米国議会での演説を行った。

 そして民主党3人を含む歴代の政権が、韓国の要求する慰安婦への国費支出を拒否し続けてきたのを覆し、パク・クネ政権と妥協して、韓国の「財団」に対し日本の国家予算から10億円を拠出するに至ったのである。

 これは明らかに韓国寄りのオバマ米政権の圧力に屈した結果であった。安倍首相は「最終的かつ不可逆的に解決」という文言を入れることで、日本国民の批判をかわそうとした。が、韓国側はこの公的な約束を守る気は毛頭なかった。

 パク大統領は日本大使館前の慰安婦像や毎週の反日デモをやめさせるという韓国側の義務を無視し、次のムン・ジェイン大統領はさっさと財団を解散させてしまった。

 つまり、韓国と北朝鮮に対しては、レガシーどころか「失敗外交」の歴史だけになっている。

 北方領土に関しても同じで、長期政権のプーチンに対して個人外交を繰り返し、とうとう4島返還要求から事実上の2島返還(面積では7%)に譲歩したと見られるが、ロシア側はかえってカサにかかって、「戦争で獲得した領土」だと認めるよう要求し始めた。

 野党では、内政も含めて安倍政権は「やってるやってる詐欺」だと酷評する向きもあるが、たしかにここへ来て長期政権のレガシーを問題視する空気が漂い始めた。

 首相もそれを察知し自覚しているからこそ、対中外交に救いを求めるしかないことになり、それをまた中国は敏感に受け止め、足元を見て要求を強めているというのが現状である。

 中国の駐日大使は奇妙なことに両国の仲介者のような言動を繰り返し、習主席の国賓としての訪日は「桜の満開の時期がいい」とか、「第5の政治文書もいいのでは」と、安倍首相の琴線に触れるようなリークをしている。

 第5の文書とは、1972年の日中共同声明(田中首相、国交正常化)、78年の日中平和友好条約(三木首相、反ソ連で連携)、98年の日中共同宣言(小渕首相、平和友好条約20周年)、2008年の日中共同声明(福田首相、戦略的互恵関係を包括的に推進する)の4つに続く5番目の政治文書を意味する。

 これを見ると、中国のトップはそれぞれ毛沢東、ケ小平、江沢民、胡錦濤であるから、いま毛沢東と並ぶ独裁者にのし上がった習近平が、日本に国賓として乗り込み、最長政権の安倍首相と第5の政治文書を交わそうとする狙いは理解できる。

 しかし、現在は過去4つの文書の時代とは大違いで、中国はアメリカに挑戦し世界覇権を狙うまでに強大化している。日本は米国に追随する政治小国扱いで、脅せば米国から離れると見ている。

 従って、今の日中が第5の政治文書を交わしたとしても、中国側は事実上、日本の従属宣言と受け取るか、あるいはそのように読める文言でなければ受け入れないだろう。

 習主席の国賓招待はそういう危険性に満ちているのである。

 安倍首相の強味はトランプ米大統領と親しいと世界中で信じられていることだが、実際にその関係が外交の場で強味になっているという事実はない。

 それどころか、トランプは金正恩、プーチン、習近平、エルドアン(トルコ)といった独裁者ないし独裁的トップを異様なほど褒め称えて親交を宣伝する。

 民主主義国家の指導者たちの中でひとりだけ仲良しだと言われても、「シンゾー」は痛し痒しだろう。ほめながら「自動車輸出を問題にするぞ」と脅されている外交は、どう見ても誰のレガシーにもならないはずだ。(おおいそ・まさよし 2019/10/30)


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