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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.251
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和2年2月28日

        トランプ弾劾と無罪の二重誤解

 2月5日に米議会上院がトランプ大統領の罷免を「否決」したが、これを日本のメディアはすべて「無罪」評決と報道した。

 これは二重の誤解と言うべきだが、どこの社もおそらくトランプ嫌いの先入観が邪魔して、正確な理解を妨げているのではないかと危ぶまれる。

 当コラムで何度もこの問題を取りあげているように、弾劾(impeachment)というのは米国憲法で定められた、大統領を含む文官公務員の「罷免手続き」である。

 裁判に似ているが、これ自体は裁判ではないので、有罪・無罪というのは分かりやすい言い換えということになる。

 トランプ大統領の場合、昨年12月18日に連邦議会の下院が「弾劾決議」を採択した。これは単純過半数で通過という法案であって、野党民主党多数の下院で採択されるのは当然視されていた。

 この法案を上院に送るのを、裁判でいうと「起訴にあたる」手続きと表現することが多いが、分かりやすいからそう書くことになる。

 そう分かりやすく書くと、こんどは上院議員100人が「陪審団」に当たると書かざるを得なくなる。

 本当の刑事裁判だと、一般に陪審員全員の一致が必要だが、大統領の罷免には発声投票で上院の3分の2以上が「賛成」(有罪 guilty は使わない)と言わなければ成立しない。

 これは普通の法案の場合も同じで、大統領が拒否権を行使した法案を、議会は再投票して3分の2以上の「賛成」票で、成立させることがよくある。

 つまり大統領「弾劾」の手続きは裁判ではなく、日本でいうところの「内閣不信任案」審議と同じようなものとみなすべきなのである。
 
 いうなれば、純然たる政治的駆け引きにすぎない。実際、トランプ弾劾の理由は「権力乱用」と「議会妨害」の2つとされ、別々に審議されたが、どの法令に違反したのかという根拠は示されなかった。

 憲法の規定では、「国家反逆罪、収賄罪、その他の重大な犯罪」および「重大な非行」が弾劾の理由として掲げられているが、そのどれに当たるかさえ議論されなかった。

 日本の報道ではそのおかしさが全く伝わってこない。客観的に見ても、「権力乱用」と「議会妨害」で弾劾罷免に持っていくのは、いかに何でも無理スジだろうと思われるのだが、、。

 もう一つ、日本のメディアは揃って、トランプ「無罪」と報道したが、英語には「無罪」という用語も概念も存在しない。

 あるのは「非有罪」(Not Guilty)だけである。

 なぜかという説明を、日本のメディア上で聞いたことがない。理解している記者が少ないからだろう。意外に複雑だからだ。

 まず「ノット・ギルティ」には、いわゆる「証拠不十分」で有罪にできないという理由と、起訴や裁判手続きにミス(瑕疵)があった場合が含まれる。

 つまり、日本人が考える「無罪」(=罪が全くない)という概念とは、大きく乖離しているのである。

 つぎに、もっと分かりにくい概念の乖離が存在する。それは一神教の「神」という存在が根本にあるという事実である。

 どういうことかというと、「本当に罪が全くない」という最終判断は神の仕事、すなわち「神のみぞ知る Only God Knows」のであって、人間には判断し得ないという「常識」がある。

 我々からすれば、「それなら裁判なんて成立しないじゃないか」と言いたくなるが、彼らのほうから見れば、日本はおかしいと見えるだろう。

 カルロス・ゴーン事件を巡っても、新型コロナウィルス騒動を巡っても、日本の対応を皮肉っぽく報道し、こんなに遅れているのかと言わんばかりの批判記事が増えている

 その裏には、こういった根本的な概念の乖離が潜んでいること、また日本政府が外交の基本である対外広報(情報戦)を重視していないことのツケが、回ってきたというべきだろう。
(おおいそ・まさよし 2020/02/28)


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