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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.255
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和2年6月29日

       低迷脱する契機かイージス断念プラスα

 今月中旬から急転直下、強力に推進中だったはずの地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を断念する方向に舵が切られた。

 これは意外なことに、安倍政権の大失敗にならず、逆に起死回生のきっかけを与える事態に進んでいくかもしれない。

 安倍晋三首相はコロナ騒ぎの経過中に支持率を落とした点で、世界でも珍しい不運な指導者になっていた。
 
 ご本人は記者会見で「日本モデルが成功した」と胸を張ったが、世論調査では軒並み30%台に支持を落としている。

 この原因は、学校の一斉休校やアベノマスク、現金給付決定の変更、人間味の薄い記者会見など、批判が多い対応もさることながら、コロナとは関係のない黒川検事長問題や、河井克行・前法相(衆院議員)と妻(参院議員)の買収容疑などの影響が大きいと考えられる。

 そこへ、これも首相と関係の深い「イージス・アショア」を、政権として中途で放り出すというのだから、安倍首相の責任は大きい。

 しかし、ここが大事なところだが、この決定はメディアや多くの識者から「大英断」として評価が高いのである。

 よく知られているところだが、朝鮮半島や大陸のほうから日本を目標に核ミサイルが飛んでくるという想定では、日本海でイージス護衛艦(今年度中に8隻体制)が1枚目の盾となり、そこで撃ち漏らしたミサイルは国内17ヵ所の拠点に置かれた射程の短い「PAC3」が2枚目の盾となる。
 これは航空自衛隊が受け持つ。

 この2枚の盾では中間が空いているので、そこをカバーするために、陸上配備型のイージス・システムを、秋田県と山口県の陸上自衛隊基地に建造することになった。
 
 これは安倍首相とトランプ大統領の間の取引で、米国の兵器をもっと買うようにとの強要を、政治的に、受け入れたものと受け止められている。

 ところが最近になって分かってきたのは、既存の艦載イージス・システムをそのまま陸上に設置するのではなく、まだ実験もしていない未来型のシステムを買わされるという事実である。

 このシステムは米軍でさえ調達予定のないロッキード・マーチン社のレーダーを採用しており、現段階では日本だけが2セットを特注して製造してもらうという話だという。

 システムは2基地分で2,500億円、建造期間は10年、それに30年間の維持運用費2,000億円を加えて、合計4千5百億円と公表されていた。

 6月15日の河野防衛相の説明では、迎撃ミサイルの発射直後に本体から離れて落下するブースターを確実に制御するためには、さらに2千億円と10年以上の年月を必要とするという。

 これでは、実質的に詐欺同然であり、ロッキード・マーチン社にとっては日本がATMのように見えることだろう。今後10年、あるいはもっと、日本にいくら吹っかけても、日本は払わざるを得ないという蟻地獄に誘い込んでいたのだ。

 それが分かってみると、いま、トランプの不興を買ってでも、このプロジェクトは廃止するのが正しいということがよく分かるだろう。

 ここで気がつくのは、同じような話がもうひとつあるということである。それは、沖縄の米軍普天間飛行場の移転先として、本島中部の辺野古崎の基地沿岸を埋め立てる作業が続いている問題である。

 この件は、2006年の日米合意で「2014年までの完成を目標とする」ことになったが、今では海底に軟弱地盤が見つかったため、あと12年はかかると昨年末、政府が認めている。
 総工費は当初想定の2.7倍、最大9,300億円になると試算している。
 
 問題は、イージス・アショアと同じで、コストと完成までの期間が所期の目的とかけ離れてしまうという点にある。
 
 当初予算が大幅に膨れ上がるのはまだ想定内だろうが、完成が10年後、20年後というのでは、軍事情勢が様変わりしている可能性が強いので、せっかく巨費を投じてもその甲斐がないということになるだろう。

 その点を重視して、いま辺野古の埋め立てを停止するという決断を、政府は真剣に考慮すべきではないか。米議会でも、この「軟弱地盤」を問題にし始めているようだ。

 今そのチャンスだという背景には、コロナ対策で巨額の支出が必要だと、国民のすべてが知っている事実がある。
 事業費規模が1次・2次補正予算を含めて200兆円、第2次補正に計上した「予備費」が10兆円という目をむくような数字になっている。

 むろん、政府が得意とする見せかけの部分が大きいが、それでもコロナ対策予算を言い訳として、イージス・アショアと辺野古埋め立ての「断念」をセットで国民に提案すれば、安倍政権への支持は劇的に盛り返すかもしれない。

 もし年内に解散・総選挙に踏み切ろうとすれば、こういう高難度(昔のウルトラC)の政治判断が必要になるだろう。
(おおいそ・まさよし 2020/06/29)


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