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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.258
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和2年9月28日

       はたしてプラスかトランプの最高裁人事

 アメリカ大統領選挙につきもののジンクスに、「オクトーバーサプライズ」というものがある。10月のビックリということで、11月初めの投票日の直前の10月に、何かが起きて選挙結果に大きな影響を与える可能性を指している。

 たとえば、ハリケーンの季節なので、大きな被害が出れば政権の対応が迅速、適切だとして現職にプラスに働くが、逆にモタモタしているという印象を与えると挑戦者のほうに有利になる。
 実際に1992年、現職のパパ・ブッシュはこれで再選に失敗したというジンクスが残っている。

 今回の大統領選挙でも、トランプ大統領は10月に突然、北朝鮮の独裁者と会談し結果を誇るのではないかという予想がある。

 しかし、自分で仕掛けなくても9月18日、ルース・ギンズバーグ最高裁判所判事が癌で死去し、ビックリが向こうからやってきた。

 87歳という高齢だったが、定年がないので自ら辞任する以外は死ぬまでその職にとどまれた。

 ギンズバーグは民主党のクリントン大統領が任命したリベラル派で、女性としては2人目の最高裁判事だった。
 最高裁判事は9人制で、これまで共和党大統領が任命した保守派5人に対抗して、リベラル派4人のうちの1人だった。

 そこで躍り上がったのがトランプ大統領で、当然ながら保守派を後任に任命して「6対3」の絶対安心の保守最高裁を実現できる機会を得た。

 しかし、このサプライズが必ずしもプラスに働かない可能性もあることに注意しなければならない。

 というのは、国民の間にバランス感覚が働くかもしれないからである。アメリは世界でも最高レベルの三権分立の体制を持った国である。
 最高裁は保守派とリベラル派がせめぎ合うことで分かるように、政治問題で意思を明確に発信することが求められている。

 日本のように政治的に中立であることが当然な国とは正反対で、立法(連邦議会)、行政(大統領)と並んで、司法(最高裁)も政治的機関として機能するよう国民が期待しているのである。

 そうだとすれば、最高裁が今後数十年も保守派優位で固定されることが分かった時点で、ホワイトハウスの主が同じ「お仲間」でいいのかという疑問が浮かんでくるはずだ。

 議会では上院と下院がそれぞれ多数派争いをし、議会と大統領は複雑に権力を相争い、そこにさらに最高裁の多数派が影響力を及ぼそうとする。
 それが米国の政治であり、国民は全体として巧妙にバランスを取らせるように投票する。
 つまり、トランプにとっては却ってマイナスの効果になる可能性もあるわけだ。

 トランプは、バイデンとの一騎打ちで明確に勝利する目処が立たず、自分が裁判に持ち込む事態も想定している。
 その裁判がどういう形でか最高裁にまで持ち込まれれば、当然ながら保守派多数で負けるはずはないという読みだろう。

 ギンズバーグ死去の前までは、中道保守のロバーツ長官(息子ブッシュの任命)が必ずしも自分を支持しないかもしれないという不安があった。
 つまり、「5対4」では長官の1票で逆になりかねなかったが、後任をゴリゴリの保守派にすることで、思いがけずそういう懸念を払拭できることになった。

 そういった狙いでトランプは26日、反中絶や銃規制反対で保守派として知られる48歳の女性、エイミー・バレット連邦高裁判事を後任に指名した。
 これから短期間のうちに上院で承認するかどうかが政治的駆け引きになる。

 その10月中にもうひとつ別のサプライズがあるかどうかも、注目されるところである。

 ちなみに、日本は同じ3権分立を謳ってはいるが、米国と比べると「分立」のレベルがかなり違うことはあまり認識されていない。

 日本の最高裁判所判事は15人で、70歳が定年と定められており、国会議員や首相に定年がないことからすると、同権でないことが明らかだ。なぜだろうか?
 米国では、3権がすべて定年なしで同列に立っている。

 また、日本の最高裁は政治的な発言すら避けており、国会のような多数派と少数派の区別も(あったとしても)国民には分からない。

 日本の最高裁は席が空くと弁護士、法務官僚、法学教授など幾つかの出身枠を重視し、かつ年齢を加味して(若すぎず年寄りすぎない)新任判事を補充する。任命は内閣で、国会の承認はいらない。
 これでは単なる官僚と変わらず、米国の3権の1つとは比べものにならない。

 安倍長期政権の間に国会のレベル低下が明らかになったが、司法府のレベルを指摘する動きが出てこないのも問題ではないだろうか。
(おおいそ・まさよし 2020/09/28)


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