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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.262
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和3年1月28日

       自動車産業が壊滅すると日本は、、、

 菅義偉首相は1月18日の施政方針演説で、「2035年までに、新車販売で電動車100%を実現いたします」と宣言した。
 
 これは、おおむね世界の潮流に合わせた決断と言えるが、それが成功したときに、日本の自動車産業が壊滅している可能性も高いという大問題を抱えてもいるのである。

 この方針でいう「電動車」には日本メーカーが得意とするハイブリッド(HV、従来のエンジンと電気モーターを併用)のクルマを含むようだが、世界的にはごく少数派の論理として相手にされない恐れがある。

 このグリーン政策が日本経済をさらに決定的に縮小させることになれば、2年前に警告した「30年で半分以下」に崩落した日本のシェアが、ほとんどゼロに近くなることが予想されるのである。

 そこでまず、2019年4月の当コラムを部分的に再掲してみよう。

 (以下、再掲)第2のアルゼンチンかアジアのスイスになるか

 平成最後の(慣用句!)発信となるので、それにふさわしく、もっぱら国際政治の観点から平成時代を総括してみよう。

 約30年前といえば、東西冷戦の終結プロセスとほぼ重なり、世界的に新しい時代が始まると期待されていた。

 その当時、丸い数字でいえば、アメリカの実質GDPが世界の25%を占めており、日本のそれは15%ほどで、日米を合わせれば世界の約4割にも上っていた。

 アジア太平洋という地理的なくくりの中で、日米同盟が圧倒的存在であったことを物語っている。

 他方、中国の経済規模は日本の10分の1にすぎなかったが、これも圧倒的な「人口力」と広大な国土という地政学的な有利さで、日米に対抗する姿勢をあらわにしていた。

 国際政治学の高坂正堯・京大教授は、これを「拒否力」と呼んで、中国の意に反することを日米が押しつけることはできないと論じた。

 30年前でさえ、そういうパワーバランスであったとすると、恐ろしいまでの変化が生じたことがよく分かるはずだ。

 現時点で、米国の実質GDPは世界の23%ほどで微減と言える。軍事力の優位さは全く変わっていないと言えよう。
 しかし日本はどうだろうか。

 日本の経済力は、中国に抜かれて世界第3位に落ちたというだけでなく、世界の6%に激減してしまったのである。
 すなわち、シェアでいうと半減以下という惨状である。

 これでは日米を合わせても、かつての4割から3割弱まで下がってしまったわけで、それがほとんど全部、日本の責任に帰することが明らかだ。

 国民1人あたりのGDPはまだ中国より上だが、ピークの世界第2位(平成12年)から現在は26位にまで滑り落ち、先進国のカテゴリーから外れる寸前になっている。

  中国は「拒否力」どころか、米国に挑戦してアジア太平洋地域の「覇権」を奪取する戦略に乗り出している。

(中略)

 では、「令和」の時代にこのままのトレンドが続いていくのか、そうはならないのかが問題となる。 

 ここまで日本が衰退すると、再び中国を抜き返すほどの復活を期待することは非現実的だ。
 衰退が続くとすると、かつてのアルゼンチンのような姿になるだろう。

 アルゼンチンは20世紀初頭、農産物輸出国として発展し、世界で5番目の経済大国になった。世界中から出稼ぎ労働者が続々と入り込み、地方都市にも豪華なオペラ劇場が出現したほどだった。
 いま当時の栄華の面影は遺跡のようになってしまった。

 そうなるのがいやなら、スイスや北欧諸国のような特色のある高所得国を目指すしかない。

 しかし日本は人口が減るといっても1億人で、国土も周辺の経済水域を入れると、世界でも有数の広さを持っている。スイス、オーストリア、北欧などとは基本的な条件が異なる。

 中国が朝鮮半島と東南アジアの大半を事実上支配することはもはや想定内であり、日本はどうやって独立を維持するか、ちょうど150年以上前の幕末のような状態に置かれる可能性が高い。

 日本は、実は30年前から、この問題に取り組んでこなければならなかったのである。経済では「失われた20年」とよく言われるが、国際政治の視点からは「失われた30年」と言わねばならない。

 そういう認識が広く共有されていないところが、「令和」時代を迎えるいちばんの問題点なのかもしれない。(2019/04/30)(再掲終わり) 

 上掲コラムの続きになるが、中国が日本のグリーン政策でも最大の障害として登場するのである。どうしてか?
 
 わかりやすく言うと、中国は自動車産業そのものを塗り替えようとしているからである。
 ちょうどアフリカなどの後進地域で、固定電話が普及する前に携帯電話やスマホが普及してしまうという「リープフロッグ leapfrog」現象を、中国は意図的に自動車産業で狙っているのである。

 中国には100社を超える自動車メーカーがあるといわれるが、幾つかの大手でもエンジンを日本などの先進メーカーから調達して組み込んでいる。
 高度なエンジンを造れないだけでなく、造る意欲がない。開発する努力よりもいま売って儲けるほうが大事だという国民性である。

 それが電池車(EV)になると、ゴルフ場や遊園地のカートと同じなので、電池さえ手に入れば誰でも簡単に、自動車産業に参入できることになる。

 つまり、最重要部品はエンジンでなく、電池だということで、日本にとっては一気に不利な状況になってくる。

 日本は、リチウムイオン電池の液体を固体に置き換えた最先端の、「全固体電池」の開発で世界をリードしていると言われるが、実はその実用化に進んだ場合には、日本だけでその電池を独占するわけにはいかない。

 当然、電池自体を商品として売ることになるので、中国は輸入と得意の模倣で大量に電池車を市場に送り出すだろう。

 製品、商品としての自動車が様変わりするだけでなく、社会全体が激変を迫られることになるはずだ。
 なぜならば、従来のクルマが数万点の部品から成り立っているのに比べ、電池車は部品点数が3割から1割程度で済むという。

 それも高度の技術が必要な駆動系がほとんどいらなくなるので、部品産業が最も大きな影響を受ける。

 つまり、ちょうど富士山のようにそびえ立つ自動車産業の広い裾野が、そっくり必要なくなるという悪夢が待っているのである。

 30年前の日本経済の栄光は、トランジスターラジオから始まる家電製品からカラーテレビ、パソコンなどの半導体技術で築かれたが、すぐ欧米と韓国、中国に市場を奪われ、凋落してしまった。

 現在まで生き残ったのは自動車産業のみである。その重要性を理解するには、GDPの約1割、全雇用の約1割、製造業の約2割、全輸出の約2割という数字で明らかだろう。

 その1本だけの大黒柱が、わずか10年後、15年後にどうなっているのか分からないという時代に踏み込んだわけである。
(おおいそ・まさよし 2021/01/28)


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