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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.270
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和3年9月28日

      日本も原潜導入を促される時代に

 今月15日、オーストラリアのモリソン首相が突然、米英豪の3ヵ国で、新たにAUKUS(オーカス)と呼ぶ安全保障の枠組みを発表し、その骨子が原子力潜水艦の技術を英米が提供することだと明らかにした。

 この発表の数時間前、フランスに通常型潜水艦共同開発計画を放棄すると通告したというので、マクロン仏大統領は激怒して、米豪から大使を召還するという事態に発展した。

 西側同盟国の間で大使を召還するという異常事態は、歴史上初めてで、どんなにフランスが怒ったかを想像してくれというわけだろう。

 しかし、これはいわばマクロンの国内向けのジェスチャーで、本当はこうなると知らされていたはずだ。

 実態は、フランスのメンツを潰さないために、オーストラリアが早急に原潜を必要としているので、やむなくフランスとの契約を取りやめにするという演出が必要だったのである。

 問題の契約は5年前、フランスが日独の競争相手を退けて、約500億毫ドル(約4.2兆円)で12隻の新型ディーゼル潜水艦を供給するというものだった。

 しかし計画はほとんど進んでおらず、契約額だけが900億ドルにまで膨れ上がり、建造工程の90%を現地生産にする約束が60%に下げられた。
 また1番艦の就役が2030年代後半に先送りとなり、現役の旧型6隻が退役する端境期には潜水艦がゼロになる危険性が出てきた。
 この先、調達額がどこまで膨れ上がり、いつになったら調達計画が完了するのか、見通しが立たなくなっていた。

 実は、考えてみれば誰にでも分かることだが、4000トン級の新鋭潜水艦を設計し、その製造技術を相手国に移転することがどんなに困難な事業か、フランスは自国の技術水準を過信し、事業全体の展開を甘く見たのである。

 たとえば自動車1台の部品数が3万点と言われ、高級車ならその3倍にもなるという。
 大型の原潜の部品数が天文学的多数に上ることは容易に想像が付く。それも、1つでも不良品があってはならない。

 その部品の大部分を現地で製造して組み立てるよう準備し、熟練の技術者や工員を多数確保し、何年も教育していくことがいかに困難か。

 日本も入札するよう要請を受けたが、世界最高の通常型潜水艦を建造している日本でも、単なる輸出なら可能だが、そういう技術移転の経験がないので、はじめからお付き合い程度でフランスに譲った形だった。

 この一連の騒動を理解するカギは、米軍には余っている原潜の在庫があるという軍事的な常識である。オーストラリアは手っ取り早く、その在庫を乗組員の訓練要員付きでリースすることができる。

 米軍は艦船に限らず、戦闘機、爆撃機を含む高価な装備を、書類上の退役期限を過ぎると、直ちにスクラップにするのではなく、さび止めや注油などの保存措置を維持し、いざというときは短期間の整備で現役に戻す方式をとっている。
 
 これが、米国を単なる軍事大国ではない「超軍事大国」にしている秘密の1つである。

 おそらくオーストラリア海軍は早急に米軍から原潜を1隻か2隻リースし、乗員の訓練に入るだろう。
 同時に古い装備や部品を改良した新造艦を、米英両国に発注する計画を立てるだろう。

 この話の続きは日本にも及んでくるはずだ。日本はオーストラリアが米国に払うリース費用の1部を負担して、日本の潜水艦要員を一緒に乗り組ませてもらい、経験を共有することを考えるべきだろう。

 現役の自衛官でも問題はないと思われるが、国内政治に配慮するなら、退役もしくは一時的に退役扱いにした自衛官を送り出すこともあり得よう。
 時代は、もうそこまで進んでいるのである。

 自民党総裁選の候補4人の内、2人は日本の原潜保有に前向きな反応を示している。 

 以上に論じた原潜とは、すべて「動力が原子炉発電」というだけで、従来からある(対艦船)「攻撃型潜水艦」のことである。敵国の中枢に向けて核ミサイルを発射する「戦略原潜」ではない。念のため。
(おおいそ・まさよし 2021/09/28)
 

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