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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.274
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和4年1月28日

      日本にすり寄る英国外交の真意

 昨年から英国が太平洋に復帰する動きを強め、日本が主導する「TPP」(環太平洋経済連携協定)への加盟申請(6月)など、特に日本を重視する姿勢を示している。

 明らかに中国の南シナ海占拠を牽制する目的で、最新鋭空母「クイーン・エリザベス」(6万5千トン)を中心とする空母打撃群を、はるばるスエズ運河経由で日本まで派遣した。
 往復7ヵ月をかけた大航海、大遠征である。

 また9月には突然の発表という形で、秘密裏に協議していた米豪との3ヵ国による「オーカス」と呼ぶ軍事同盟を発足させた。
 この同盟の骨子は、英国が中国の海軍力を抑制するため、オーストラリアに原子力潜水艦の技術を提供することだ。将来の現地生産まで視野に入れている。

 こうした英国の戦略的意図は、誰にでも分かるほど明白だ。

 英国はヨーロッパ連合(EU)から離脱して孤立しているが、もともと世界中に旧自治領や植民地だった「英連邦」諸国が散らばっている。これらの国の多くは、未だにエリザベス女王を名目上の元首としている。

 英国は、これら50ヵ国以上の国々を、改めて糾合して大英帝国の再建を夢見ているのである。
 なかでもオーストラリア、ニュージーランド、カナダなどの先進国が、太平洋の側にあることに注目したい。

 そうなると、太平洋の西側で中国に近い位置にある世界第3の経済大国が、いやが上にも自陣に引き込まなければならない重要な存在になってくる。

 日本は英国にとって、そういう存在になったということである。

 しかし、日本は必ずしもそれを歓迎していいのか、よくよく国益を考えて対処しなければならない。
 日本はかつての「日英同盟」で、損得両面の教訓を得ている。

 1902年(明治35年)に締結された同盟は、英国にとって非白人国相手に初めて対等の関係を認めたものだった。
 日本は英国の隠れた支援を得て日露戦争に勝利したが、英国はロシアの軍事的圧力を日本に引き受けさせたともいえる関係だった。

 日本は第1次大戦でも英国の要請を受けて駆逐艦を派遣し、数千人の英国将兵や西欧民間人の命を救ったが、戦後、英国は対日警戒感を強める米国の意向を受けて、あっさり日本を捨て去った(1923年8月)。 

 つまり英国は日本の利用価値よりも、アメリカを利用する価値の方が大きいと判断し、日本の敵側に乗り換えたわけである。

 太平洋戦争の前は、日本を締め上げる「ABCD包囲網」の2番手となり、日本も「米国及び英国に対して戦を宣す」(詔勅)と敵対する関係になっていた。

 英国の外交は極めて老獪と言われるが、実際に歴史的事実としては、世界に多大な害毒を残している例が多い。

 よく知られている「3枚舌外交」は、第2次大戦後の中東地域を現在に至るまで大混乱させ、数次に及ぶ中東戦争と膨大な人的、経済的損害をもたらし続けている。

 南アジアでは、インド、パキスタン、バングラデシュと旧ビルマまでの植民地で、民族と宗教を対立させ、今日まで続く紛争と内紛の種を残した。

 東アジアでも、必要のない香港返還を善行のように見せかけ、中国における経済的優遇を期待した。その結果は中国の際限ない帝国主義的膨張を呼び、香港は「一国2制度」の約束を反故にされ、共産党独裁の膝下に組み込まれた。

 いま英国がアジア太平洋における中国の脅威に目が覚めたとしても、種を播いたのは英国自身である。いまさら日本を巻き込もうとするのは、あまりにも虫がよすぎると言わざるを得ない。

 拙著『よむ地球きる世界』(2006年、彩雲出版)で紹介済みだが、在米日本大使館の広報文化担当の公使に対し、英国の外交官が「日本も英連邦に加入したらどうか」と持ちかけたという(産経新聞、2005年12月20日)。

 日本にはクイーンより格上のエンペラーが存在することを知らないのかと驚いたが、それは別としても、英国が日頃から日本をどう見ているか、日本のみならず他国をどう利用できるかを、常に外交官に考えさせているのだなと推測できるエピソードだ。

 いま日本を再び味方として利用できると見切ったのだとしたら、日本もそれに乗った上で、英国をどううまく利用できるか知恵を絞るべきだろう。
 外務官僚と政治家はどこまで分かっているだろうか。
(おおいそ・まさよし 2022/01/28)


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