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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.275
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和4年2月25日

       モンゴル大帝国とロシア帝国の再生か

 ウクライナ危機がどのように展開していくか、現時点では全く先が見えないが、そういうときには物事の本質をまず理解することが肝心である。

 この紛争を理解するには、2つの分析方法を用いるのが手っ取り早いだろう。

 一つ目は、ロシアが歴史的にはモンゴル大帝国の末裔であり、いわゆる「タタールの軛」(漢字では韃靼)という独特の文化DNAに縛られている事実である。

 軛(くびき)というのは、牛に車を引かせるとき、馬と違って首をがっちりと器具で固めて引かせる必要がある。その器具が軛であって、タタール(この場合はモンゴルを含む大草原の遊牧民全体を指す)の文化ではいちばん強い者が支配者となり、全体が従うという社会形態になる。

 この概念で、現在のプーチンも、ロシアチームが繰り返すドーピング問題も、そして当コラムで取りあげたことがある横綱白鵬の問題行動も、きれいに説明できるのである。

 強い者が支配する。白鵬は「なぜいちばん強いオレに、協会も世間も従わないのか」と逆に疑問に思っていたことだろう。
 強くなるためには手段を選ばない。顔面かち上げや張り手で勝つことがなぜ批判されるのか、全く理解できないらしい。

 現在進行中のプーチン皇帝も、全く同じ文化的原理で動いていると思えば、すべてが良く理解できるだろう。

 人類の歴史上、最大の版図を誇ったモンゴル大帝国は、チンギス・ハーンの孫フビライ(元朝初代)と3つのハーン(汗)国の連合体で、その1つがモスクワを中心とする「キプチャク汗国」だった(1243年成立)。

 プーチンは「ウクライナはロシアの歴史の一部で同族だ」と言う。たしかに日本で言えば、ウクライナの首都キエフは京都・奈良、モスクワは東京に当たるような関係と言えよう。
 キエフ大公国(正式名ルーシ)など東スラブの諸国もモンゴルに征服されて消滅しているので、自然にモンゴル大帝国のDNAを引き継いでいるわけである。

 「ルーシ」のイメージはモスクワの勢力に受け継がれて「ロシア」帝国に育った。
 
 17世紀にロマノフ朝が成立し、18世紀にはピョートル大帝とエカテリーナ女帝が大帝国に発展させ、それを共産革命でソビエト連邦が引き継ぎ、さらに衛星国を加えて膨張したが、1991年末に突然崩壊し、ロシアが丸裸の状態に一挙縮小した。

 その反動がとうとう始まったのかもしれない。モンゴル大帝国への民族的郷愁が強くなり、現在の「最小の版図」に我慢できなくなったとしても不思議ではない。
 
 もう一つの分析方法は、歴史的には近代の主要国に特徴的な「二重の壁の誘惑」理論である。これについては、ちょうど20年前のコラムで解説してある。

(以下2002年11月コラムを部分再掲)
 21日からの北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、バルト三国を始めルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニアの計7ヵ国の新規加盟を認めた。
 今後1年以上の批准手続きを経て加盟が有効となるが、仮想敵国のロシアからとうとうバルト三国をもぎ取ったことは、文字通りエポックメイキングな瞬間と言わなくてはならない。

 ソ連時代、西側に対するロシアの防壁は見事なまでに「二重の壁」で構成されていた。ソ連邦という体制自体が、そういう目的で考えられたのではないかとさえいえるぐらいだ。
 ソ連邦の西端に白ロシア(現ベラルーシ)、ウクライナというスラブ民族の共和国を配置し、その北側のエストニア、ラトビア、リトアニアの非スラブ3ヵ国を武力で脅して強引にソ連邦に加入させた。

 これが内壁である。白ロシアとウクライナに関しては、国連発足時から米英両国と取り引きし、独立国扱いで加盟させている。合計3票を確保するためだ。

 バルト三国の外側はバルト海だから、ここの壁は1枚でもいい。しかし白ロシアとウクライナの外側には西側、特にドイツとの間にもう一枚の強固な壁をつくってロシアの勢力下に置かなければならない。東欧、つまり衛星国群だ。

 いちばん重要な位置にあるのは、いうまでもなくポーランドである。その南にチェコスロバキア(当時)を挟んでハンガリー、ルーマニア、ブルガリアと続く。

 これが外壁である。ロシアを守る2枚の壁が実にきれいに並んでいたわけだ。

 それが今では1999年に外壁国家のうち、ポーランド、チェコ、ハンガリーの3ヵ国がNATO加盟を認められ、外壁の中核が消えた。そして今度は残りの外壁すべてと、大事な内壁の一角までもが崩されたわけである。(再掲終わり)

 上のコラムは20年前だが、現在までにロシアから見れば、さらにもう一つの内壁であるウクライナまで失われそうになった。もうここで反撃に出なければならない瀬戸際まで来たと覚悟を決めたのだろう。

 そう考えると、武力を行使してウクライナを取り戻すことに成功すれば、次はすでに失われたバルト三国を実力で奪回するしかないだろうと予測できる。

 バルト三国はロシアが陸続きで侵攻しやすく、西側はバルト海なので、NATOとしては守る義務があっても地理的に困難だ。

 約半世紀に及ぶソ連支配の間に、意図的なロシア人移住を進めた結果、ラトビアで3人に1人、エストニアで4人に1人はロシア系住民だと言われる。
 つまり、プーチンが得意とする「ロシア系住民の保護」を名目とした軍事的介入が、最もあり得る地域なのである。

 NATOは、加盟国でないウクライナを救うことはまず不可能だが、加盟国であるバルト三国は何としても守らなければならない。
 それが現下、最も本質的な課題だと判断されよう。
(おおいそ・まさよし 2022/02/25)

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