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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.276
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和4年3月30日

      プーチン・ロシア帝国と習・中華帝国

 ロシア軍のウクライナ侵攻が長引いている間に、欧米でプーチン大統領の心理分析が進められ、明らかに旧ソ連邦からロシア帝国への復活を夢見ているらしいと分かってきた。

 しかし、そういう分析の過程で、意図的に言及されることのない要素が隠されていることに注目したい。

 それは、中国が手本になっている、あるいは互いに帝国化を競っているという事実である。

 プーチンは一時の首相時代を含めて、すでに20年以上もロシア連邦のトップに君臨しているが、後半の10年に特に加速度を付けて独裁色を強めてきた。

 その後半が、少し遅れて登場した習近平主席の10年(2013年3月〜)に重なっているのである。

 習近平が党内で急速に独裁者となり、国内でも民主化と逆の共産党独裁を浸透させ、国外では南シナ海や東シナ海で勝手に領域を拡大するなど、着々と帝国化を進めているのを見て、プーチンが何を考えていたかが想像できるというものだ。

 特筆すべきは、ハーグの常設仲裁裁判所が2016年7月、南シナ海の「中国による九段線で囲まれた海域に対する歴史的権利等の主張は、国連海洋法条約に反するもので認められない」と完全に否定したとき、中国政府は「ただの紙切れだ」と言って無視した事実である。

 これを見て、プーチンは「帝国は国際法と無縁だ」と学んだのではないだろうか。

 現在のウクライナ侵略は、ロシアによる国際法無視の集大成のようなものである。国際連合の常任理事国5つの内2つがそういう国なので、世界はほとんど百年前に戻ってしまったようなものだ。

 わざわざ2013年9月、「もはや世界の警察官ではない」と宣言したオバマ米大統領がいかに甘ちゃんだったか、ご本人に聞いてみたいところだ。

 プーチン皇帝がウクライナを「国ですらない」と切って捨てたことはよく知られている。
 同じ家族だ、兄弟だと言いながら戦争を仕掛けるのは、習皇帝が「中華民族の偉大な復興」を掲げながら、新疆ウイグル自治区のウイグル人などの少数民族を圧迫し、民族語を禁じて漢族化を強制するのを手本にした可能性がある。

 つまり、少数民族を中華民族に含めるのは、対等ではなく屈従させるという意味だ。
 同じようにプーチンが、ウクライナとベラルーシ(旧名白ロシア)が「同じスラブ民族だ」という意味は、「兄貴のロシアに屈従せよ」と言っているのである。

 独裁者が身内のはずの少数民族やウクライナの民を遠慮なく攻撃し、殺戮するという行為は、前月コラムで指摘した「タタールの軛(くびき)」、すなわち中央アジアの遊牧民に特有の社会現象である。

 いい悪いは別にして、そういう独裁者に中国の多数派の漢族やロシアの国民は、全体として言いなりに従っている。全体の社会・文化がそうなのであって、独裁者ひとりが異常なのではないと言えよう。

 たとえば、習近平がいつ台湾侵攻に踏み切ったとしても、中国の国民は一致して指導者を支持するに違いない。

 歴史に「もし if」はないといわれるが、プーチンは中国の台湾侵攻を必至とみて、自分のウクライナ懲罰をいつ実行しようかと、タイミングを計っていたのではないだろうか。

 その証左は、2014年のクリミア半島奪取である。これは一発の銃弾も撃たずに成功し、米国のオバマ大統領は全く動かず、欧米は容認したという判断をプーチンに与えたとみられる。

 皮肉なことに、この誤解が、ウクライナ侵攻も容易だという間違った判断に誘導したことになる。

 中露の2ヵ国が「帝国化」現象で突出している印象を与えるが、かつての帝国に郷愁を覚える国や民族はほかにも幾つか指摘できる。

 トルコのエルドアン大統領はオスマン帝国への回帰を隠さず、悪名高いイラクのフセイン大統領はかつて、バビロンのネブカドネザル2世の再来を気取っていた。

 ひとりの独裁者でなくても、イランは紀元前に古代オリエントを支配したペルシア帝国を意識し、ギリシアのような小国(人口約1千万)でも、紀元前のアレキサンダー大王の古代マケドニア王国の直系だと自負している。
 それで、旧ユーゴスラビアの一部だったマケドニア(人口208万)がその名で独立するのを許さず、経済戦争まで仕掛けて結局は「北マケドニア共和国」の名称で妥協した(2019年に決着)。

 英国が欧州連合(EU)から離脱したのも、こういう流れに乗って大英帝国への郷愁が強くなり、独仏主導の大陸に我慢できなくなったからである。

 幸いというか、日本にはそういう郷愁が全く見られない。珍しい「元(もと)帝国」だ。

 代わって、不思議なことに、韓国が日本を従えて帝国化する勢いを見せている。際限のない日本蔑視と、韓国の法律に従えという国際法無視が、中露両国の帝国化と重なって見える。

 日本が島根県の竹島を「固有の領土」だと主張するのを、韓国の指導層は「朝鮮を再侵略する悪意の表れだ」と受け取って国民を鼓舞する。
 これは、「NATOがロシアを侵略するのを防ぐ」というプーチンの被害妄想とそっくり同じだ。

 朝鮮が1910年、日本に併合を求めたとき、正式国号が「大韓帝国」だったということを、どれだけの日本人が知っているだろうか。
(おおいそ・まさよし 2022/03/30)


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