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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.278
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和4年5月30日

      ロシアなど周辺3ヵ国が日本領土狙う

 暴君プーチン大統領が当コラムを読む心配はないので、安心して書くことにする。

 プーチンが本当の戦略家であるなら、西側による広範な経済制裁を破るには、日本を欧米から引き剥がすのがいちばんだと考えるはずだ。

 つまり、日本が最も「弱い輪」だという事実に気がついていなければおかしい。日本にはそういう前科もある。
 
 中国が1989年の天安門事件で国民を何千人か殺した後、西側の中国制裁を率先して破ったのは日本だった。戦後の日本が記録した最大の外交失敗で、日本が得たものは中国による決定的な対日侮蔑だけだった。

 プーチンは日本が拒否できない提案ができる地位にある。すなわち、北方領土2島を直ちに日本に返すと言えばいい。1956年の「日ソ共同宣言」では、「平和条約締結後に歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す」となっている。

 したがって、日本は2島を受け取る前に平和条約の文言で、自動的に、現行の経済制裁をすべて撤回することになる。

 プーチンは狡猾に、もう一つおまけに、国後島も返還すると言うかもしれない。

 そうなると日本は、この機会に3島を取り返さなければ、もう永久に北方領土を取り戻すことはできないだろうと観念せざるを得ない。

 それで日本は事実上、西側から半分離れ、中・露・北朝鮮の側に引き寄せられることになる。
 それでも仕方がないと岸田政権は腹をくくるだろうか。

 実は、その後が悲惨なのである。歯舞は6つの小島からなる群島で民間人居住者はいないが、色丹島には約2千3百人のロシア人が住んでいる。これが即時、日本に居住する外国人となる。(人口は97年現在、日本政府資料)
 国後島はもっと大きく、居住者は3千9百人とされている。(同)

 日本に引き渡した1年後あるいは数年後に、「ロシア人が差別され、虐殺されている」と非難して、いきなりロシア軍が侵攻してくるというシナリオである。

 つまり、プーチンの得意とする「ロシア人の保護」という勝手な大義名分が、ここでも使えるわけだ。
 軍事力で日本から3島を強引に取り戻すだけでなく、北海道の沿岸まで占領する可能性が高い。

 4月1日、ロシア議会下院のミロノフ副議長が、「ロシアは北海道の主権を有するという専門家もいる」と発言している。

 この意味は明らかではないが、先の大戦終了時にソ連の独裁者スターリンが「北海道の北半分」を占領させろと要求し、トルーマン米大統領に拒否された事実がある。

 またプーチンは2018年12月、カムチャツカ地方の「北方領土を含む千島列島」(ロシア名クリール諸島)などに住むアイヌ105人を、ロシアの先住民族として認める考えを示したという。

 クリミア半島の無血併合からわずか4年後というタイミングで、さらにそれまで一貫して日本人として扱ってきたアイヌを、歴史を遡ってロシア領土の先住民、すなわちロシア人の仲間だと認定し直したのは、何を狙ったのだろうか。

 アイヌは日本でも先住民族扱いで、全国に推定で約20万人、特に多いのはいうまでもなく北海道である。

 それをすべて「ロシア人の仲間」で、日本で虐待、虐殺されていると言って軍事行動を起こす下地が、すでに準備されていると言っても過言ではないのである。

 2016年10月の当コラムで紹介したが、スターリンは北海道を諦めず、戦後すぐ、シベリア鉄道を樺太(サハリン)の南端まで通す計画を命令している。
 明らかに米軍の日本占領が終わるのを待って、実力で北海道に侵攻することを考えていたと推察される。

 冷戦初期のソ連には間宮海峡(ロシア名タタール海峡)に橋を架ける技術がなかったため、大陸側の寒村ラザレフから対岸に向けてトンネルを通そうとした。
 そこに直径10メートル、深さ50メートルの縦坑を掘り、その底から700メートル掘り進んだところで、スターリンが死亡し、計画は放棄された。

 その縦坑を2004年、日本テレビのドキュメンタリー番組が取材し、上からカメラで見せていたが、凍土にトンネルを掘るのは至難の業で、わずか7百メートルに労働者3千人が命を落としたという。

 プーチンのウクライナ侵略でロシア軍将兵がどんなに死んだとしても、命令する本人は何も痛痒を感じないはずだ。

 プーチンがスターリンと酷似するのを観察していると、北海道をどうやって守るか、本気で策を練っている専門家や政治家がどれほど存在するのか不安になってくる。
(続きは次号)
(おおいそ・まさよし 2022/05/30)


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