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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.281
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和4年8月29日

      日本も気がついたタマ不足の危険

 ロシアによるウクライナ侵略が6ヵ月を過ぎ、誰も予想しなかった長期戦になってきた。
 戦争は始めるのは簡単でも終わらせるのは難しい、という格言が現代の世の中でも証明されてしまった。

 この半年で、やはり誰も予想しなかった状況が軍事の世界で起きている。それは、武器弾薬の消耗がこれほど激しいという事実と、それに伴って、各国とも武器弾薬の備蓄・在庫が重要な問題だという認識が、改めて浸透してきたことである。

 正確な数字は分からないが、ロシアがウクライナ侵攻に用意した兵員が約15万人と言われており、現在までにその半分が死傷した(すなわち戦力外)と推定されている。

 兵員の損害がそれほど多いとすれば、装備の損害も同じぐらい大きいと考えなければならない。
 ロシアの侵攻軍は大半が期限付きで募集した新兵で、訓練も十分でなく、装備も旧型の戦車、装甲車が中心だった。

 これでは、損害が大きくなるのも無理はない。

 侵攻されたウクライナの軍事力は、海軍と空軍がほとんどないに等しく、陸上兵力が戦車、自走砲などを効果的に使ってロシア軍に対抗してきた。

 米軍などが提供した対戦車ロケット砲や、ドローンで目標を正確に捉える21世紀型の戦法で、なんとか互角の戦いを続けてきた。

 しかし、自軍がもともと保有していた装備はもうほとんど消耗し尽くして、米欧からの武器弾薬の提供に頼るしかない状況になってきている。

 今までのところ、外国からの兵器提供の大部分は米国からと見られるが、その米国でも提供できる兵器が充分にあるかどうかという状況になっている。

 最も効果を上げているといわれる「高機動ロケット砲システム」(HIMARS)数十基を提供しているが、そのタマである高精度ロケット弾を米軍はわずか2万5千発しか保有していない。

 米国専門家によれば、そのうちの3分の1をウクライナに提供できるとしても、戦場で1日数十発撃てば、数ヵ月しか持たない計算になるという(読売8/27)。

 米国は、歩兵が肩に担ぐ携行型対空ミサイル「スティンガー」をこれまでに1400基以上、ウクライナに提供しているが、米軍の備蓄用に1300基を軍事企業レイセオン社に発注したところ、納期は4年後の26年6月になった。
 これでは、米軍自体の継戦能力に問題ありということになってしまう。

 米国は台湾防衛のため、対空ミサイルなど高度の兵器を売却する方針を固め、契約を済ませているが、実際の供与が停滞している。これも、同種の兵器をウクライナ向け優先にしているからではないかと噂されている。

 ウクライナの隣国ポーランドを始め、旧東欧で現在は西側の一員になっている諸国は、旧ソ連製の兵器体系が共通しているのを幸い、在庫処分を加速する好機でもあるので、コッソリと旧型戦車などを供与しているとみられる。
 しかし、これらの提供もすでに限界に達しているだろう。

 したがって、これからは米国がますます全面的に武器弾薬の供給者となり、ロシアは旧型・新型の兵器を惜しみなく投入するだろう。
 その先はどういう展開になるか、今のところ推測するのは難しい。

 日本はどんな教訓を汲み取ることができるだろうか。

 1つの事実に注目したい。それは、韓国がポーランドに、K2戦車980両とK9自走砲648両を売ることに成功したことである。
 合計、日本円にして1兆円弱に達する韓国史上最大の武器輸出になる。

 これは、ポーランドが旧ソ連製の戦車などを全部ウクライナに提供し、その穴埋めを本音ではドイツ製を買いたいのだが、ドイツは納期がかなり先になると分かった。
 そのため、性能では多少疑問があるが、安くて早い納期の韓国製を買うことにしたのである(現地組み立て計画を含む)。

 韓国では有頂天になっているが、一方で、この契約を実行すると韓国軍への納入が先延ばしになるのではないか、という疑念が持ち上がっている。

 自国の守りのための備蓄・在庫が、ここでも問題となっているわけである。

 日本の自衛隊では、昔から、「たまに撃つタマがないのが玉に瑕」というザレ歌がある。

 尖閣諸島を巡って、日本の巡視船が常時、中国の海警船(第2海軍)とにらみ合っているが、その背景に海上自衛隊の護衛艦と中国海軍の艦艇が、互いに見えない距離を置いて対峙していることは割と知られていない。

 その状態で、仮に両国の艦艇が撃ち合ったとすれば、日本側はほんの数分で「弾切れ」になるという話もある。
 だから、日本側は初めから逃げるしかないというわけだ。

 日本もウクライナのおかげで、今年初めて「防衛費2パーセント」という意識が芽生えた。法律でも何でもなく、国内総生産(GDP)の「1%以内を目処とする」方針が受け継がれてきた。
 
 この中で、年間のミサイルや弾薬の購入費は約2千億円。米国の10分の1以下にすぎない。しかも、急に生産量を増やすようメーカーに交渉しても「長期的に安定して発注が保証されないと無理」ということになる。
 営利企業としては、そう答えるしかないだろう。

 軍事生産は営利企業と矛盾する面があることは当然である。日本はその矛盾に向き合うことすらしてこなかったと言えよう。

 8月初め、ハワイで行われた米軍との合同訓練「リムパック」で、陸上自衛隊が国産の「12式地対艦誘導弾」を1発だけ発射して見せた。1発が1億円超の高額なので、訓練もままならないのである。

 昔は精神論の「一発必中」だったが、今は予算上の「一発必中」で、実態は何も変わっていないということか。
 ウクライナ国民が示してくれた「血の教訓」を無駄にしたくないものだ。
(おおいそ・まさよし 2022/08/29)


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