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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.283
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和4年10月30日

      具体的な防衛力強化策を再提案

 「ラストエンペラー(清朝最後の宣統帝溥儀)はラストではなかった」という笑えないジョークが広まっている。

 この10月は戦後の歴史上、最も重要なひと月だったと言えるだろう。

 中国の習近平トップが名実共に独裁者の地位を占め、新しいエンペラーとなった。
 2期10年までという慣例を破って国家主席、党総書記、党軍事委員会主席の3期目を勝ち取っただけでなく、トップセブンの党政治局常務委員をすべて自分の側近で固めるに至った。

 2期10年でここまで独裁権を確立し、3期目どころか4期目までの10年を視野に入れていることは、すなわち次の5年間で、台湾を完全支配することがすべての前提になっているということである。

 またロシアでは、プーチン大帝が大方の予期したとおり、ウクライナ東部・南部の4州を一方的に併合し、かつその4州のみに「戒厳令」を施行した。

 この意味は、ウクライナ軍による反撃を「ロシア領に対する侵略」と定義し、すべての資源と住民を軍事目的に駆り立てるという意思表示であろう。

 さらにプーチンは、ウクライナが放射性物質を砲弾などに仕込んだ「ダーティーボム」(汚い爆弾)を、ロシア軍に対して使用する構えだと大々的な宣伝を開始した。
 それもショイグ国防相が直接、西側首脳部に電話して訴えるという、笑っていいのか悪いのか分からないような「お芝居」を展開しているのである。
 
 当然西側では、ロシアが自分でダーティーボムを使う作戦を立て、その実行時に「ほらウクライナが使ったぞ」と言い張るつもりの、いわゆる「偽旗作戦」だと見ている。

 そうだとしても、ロシアがそういう作戦を考えていて、その先には戦術核の使用に進む用意があるということ自体が、歴史に残る恐るべき事態だと言わざるを得ない。

 プーチンは、いまや悪名の高いスターリンやヒトラーと比較されるようになってきている。

 また習近平の独裁政権は、中国史の識者によって、漢族王朝最後の明(みん)朝3代目の永楽帝と似ているという比較が成されている。
 永楽帝は「法治」、習近平は「汚職根絶」という口実で、政敵やライバルを徹底的に潰した。対外的な膨張も共通している。

 北朝鮮によるミサイルの乱発も、今月の特徴だった。こっちにも振り向いてくれよ、という米国や中国に向けたジェスチャーだという見方もできるが、いちばん近い敵国は(韓国以外で)当然日本なので、核武装三国に囲まれた日本はなにがなんでも、防衛力を根本から立て直そうとするはずだ。

 ところが岸田首相は、国会審議の合間を縫ってオーストラリアに飛んだのに、22日に発表された共同宣言では「特別な戦略的パートナーシップを再確認」しただけだった。

 日本の外交は、こういう宣言などを予め事務方が相手方と詰めておき、首脳会談では一言ずつ確認するという儀式で終わるのが常だ。

 この10月の重要性を考えれば、なぜ日本の提案として英米豪3国の「AUKUS」(オーカス)に参加したいと申し込まなかったのか、いい機会だったのに逃してしまった。

 当コラム(昨年9月)で紹介したように、オーカスはオーストラリアが中国を念頭に置いて、歴史上初めて原子力潜水艦を8隻、英米の協力で装備するという野心的な計画だ。

 フランスとの通常型潜水艦購入契約を、マクロン大統領を激怒させてでも破棄し、防衛戦略を大転換するという決断を、当時のモリソン政権がやってのけたのである。

 これが、外交の神髄であり、この歴史的大変動の時代に、具体的な戦略見直しが各国で行われているという実例だ。

 日本は通常型潜水艦に関しては世界トップクラスの性能を誇っているが、原潜に関してはなんの経験もノウハウもない。

 潜水艦は原子力艦の方が高度な技術を必要とし、運用上の利点も、ディーゼル/電池の通常推進型よりはるかに長く潜っていられるので、比較にもならない。

 日本も技術取得を目的として、応分の費用負担をしながら、原潜先進国の米英両国から技術移転してもらうという外交転換をすべきだ。

 この外交は、オーカス自体が公表までは秘密交渉だったが、その後はオープンに行われているので、日本は堂々と4番目のメンバーに名乗りを上げたらいい。
 ただ漠然と、防衛支出を倍増するというような議論をするよりも、こういう具体的な案を、政治決断する時代ではないだろうか。

 当コラムでは、このほかにも具体的な防衛政策の転換を提案してきた。参照されたい。

「グアムに海自拠点を、という戦略的発想」(21/03/30)
「いよいよ危うくなった尖閣を守る妙手」(20/07/28)

(おおいそ・まさよし 2022/10/30)


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