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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.285
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和4年12月28日

      障害克服できるか防衛政策大転換

 今月16日、岸田内閣は「安全保障3文書」を閣議決定し、続く来年度予算案提出でその初年度防衛支出案を国会で成立させた。

 これで日本は戦後の防衛戦略を根本から見直し、攻撃力を含む自主防衛力の取得に踏み切ったことになる。

 岸田政権としては、ロシアのウクライナ侵略と中国の台湾威嚇強化、そして北朝鮮による今年30数回に及ぶミサイル発射に対して、こういう対処に踏み切るほかはなかったということだろう。

 永らく国内総生産(GDP)の1%以下に抑えられていた防衛支出は、海上保安庁など他省庁の所管を含めて2%を目指すことになった。

 5年間の総額は、約43兆円とされ、そのうち「スタンド・オフ防衛能力」(つまり長距離ミサイル)には現行の「中期防衛力整備計画」の約2千億円から、一気に約5兆円が割り当てられる。

 つまり、日本を攻撃する姿勢を明確にした相手に対する反撃能力(いわゆる敵基地攻撃能力)の取得が、この防衛政策大転換の主目的だということが分かる。

 アメリカ政府はさっそく「大歓迎」と発表し、エマニュエル駐日大使は「普通なら10年かかる大変革だ」と驚いて見せた。

 米国としては、日本が盾の役割しか担わず、自分たちは矛も盾も担うという現行の日米安保体制が、ようやく平等に近くなる可能性が出てきたことは大いに喜ばしい。

 しかし、当然ながら、中国、ロシア、北朝鮮の3国は、日本が野心をむき出しにしたといわんばかりの拒否反応を示している。

 ここで改めて指摘しておかなければならないのは、日本国民自身にどれだけの意志と知識があるかということである。

 世界に約2百の国・地域があるというが、それぞれの国防意識には大きな差がある。
 
 これを仮に「レベル1」から「10」までに分けて考えてみよう。

 スイスとかスウェーデンのような武装中立国とイスラエルは、最高の「レベル10」だ。何らかの徴兵制ないし義務兵役のある国は60ほどあるが、どの国民も「レベル5」以上として差し支えないだろう。
 
 さて日本はというと、残念ながらレベル「マイナス10」というしかない。

 ここが問題なのである。日本国民は国防という意志も知識も世界で最も欠けているので、まずこのマイナス・レベルをできるだけ早急に、「プラス1」に上げていくことが急務だという認識を持たなければならない。

 わかりやすい例を挙げると、北朝鮮のミサイル発射で、「Jアラート」(全国瞬時警報システム)が発せられても、もう日本上空を通過した後だったとか、どこに避難するか全く知識がないというのが普通だ。

 実は東京都だけでも約4千ヵ所が避難所に指定されているのだが、自宅や勤務先の近所にそんな場所があるということを、知っている住民がどれだけいるだろうか。

 その避難所にしても、コンクリート建築だというだけで、核兵器はもとより、生物化学兵器や放射能物質をふりまく「汚い爆弾」に対しての備えはない。

 そうしたシェルターは、日本中の地下鉄の駅を利用して、非常時に大勢が何週間も閉じこもることを可能にするのが国防の基本だが、いまから日本国民がそういう投資に踏み切るかどうか。

 スイスのように、訓練を受けた予備兵が自宅に軍用銃と装備1式を持ち帰って有事に備える、というような「レベル10」を目指す必要はないが、「マイナス」のままでは、日本の大転換が途中で挫折する可能性が出てくるだろう。

 もうひとつ、日本の大転換の障害になりそうなのは、韓国である。

 韓国の現政権は親米の保守だが、外交部当局者がさっそく、「日本の行動には韓国の承認が必要だ」という意味の牽制を繰り出した。

 その理由が振るっている。「韓国の憲法は朝鮮半島全域を対象にしているので、日本が北朝鮮にミサイルを撃ち込む場合は、韓国の同意が必要だ」というのである。

 自分の国が虚構の憲法に基づいて成り立っているという自覚がないどころか、その虚構を盾にして、日本に「従え」と従属の立場を押しつけているのである。

 同じ頃、外務次官が記者の質問に答えて、「日本が平和憲法を改定するなら韓国の合意が必要だ」と答えている。
 つまり次官の分際で、大統領も言わない「上から目線」で、日本の憲法に口出ししているのだ。

 これは左翼・親北朝鮮の前政権の初期に、韓国の最高裁が例の「徴用工裁判」で日本企業に賠償命令を下したとき、文在寅大統領が「日本が大法院(最高裁)の判決に従えば何の問題もない」と、ひと言で片付け、後は放置したまま5年の任期を終えたのと共通する。

 この3つの例が示しているのは、韓国が「反日」の国と受け取るのは大間違いで、ほんとうは「侮日」の国になっているという事実である。 

 米国の安保関係の専門家はこの韓国の実態をよく知らないので、「日米韓の民主主義同盟」を強化する方向を盛んに持ち上げる。
 最近では、軍事専門家筋でさえ、日韓両国の核兵器保有を容認してはどうかと言い始めた。

 当コラムで指摘してきたが、韓国は相当早くから核開発と原子力潜水艦の保有を志向し、米政府はいずれも拒否して今日に至っている。

 米政府は、韓国が北朝鮮に対する備えとして要求していると受け取っているだろうが、実際は日本に対する武力として考えているに違いない。

 そう断定する理由は、上に示したように、韓国の国民的情熱は「対北朝鮮」にあるのではなく、「日本属国化」に向けられているからである。

 6月のコラムでも、「プーチンの誇大妄想」と似ていると指摘したが、韓国はその日本が防衛支出で世界3位にのし上がるのを、黙って見ているだろうか。

 韓国は、竹島占拠から始まって、慰安婦問題、「東海」呼称要求(「日本海」否定)、徴用工裁判、福島原発処理水問題、世界遺産登録問題(2件)、等々、次から次へと問題を作りだしては世界に向けて日本の「悪さ」を宣伝し続けている。

 何としても日本を「侮蔑」し続けないと、心理的に安定しない国になってしまっているので、日本が短期間に手の届かない「軍事費大国」になるのは決して容認できないと感じるだろう。

 韓国が思いがけない手段で、新たな「侮日」キャンペーンを始める可能性を否定できないのである。
(おおいそ・まさよし 2022/12/28)


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