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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.286
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年1月30日

      西側戦車供給はウクライナ防衛のカギか

 あと1ヵ月でロシアのウクライナ侵略が1年を超えるというタイミングで、ドイツが主力戦車「レオパルト2」の供与に踏み切った。

 同時にアメリカも世界最強と言われる「M1エイブラムス」を31両、提供すると発表した。燃料や砲弾などの装備の違いを理由に、いままで提供を拒んでいたのを急転換したのだ。

 これが何を意味するのか、西側が初めて提供する主力戦車の数を検討してみると、今年の戦況の推移を西側がどう見ているのか、軍事的また政治的な意図が見えてくる。

 ドイツ製のレオパルトはドイツが80両提供するとし、ポーランドなどNATO諸国が同じ機種の手持ちから各々数両ないし十数両を提供する。
 これらは操縦法も主砲の砲弾も燃料も共通しているので、どんな編成でも使いやすいという利点がある。

 英国は自国産の主力戦車「チャレンジャー2」を14両、提供すると発表しており、フランスも近く自国産の「ルクレール」の提供に踏み切るとみられる。

 この2機種はレオパルトと互換性が低いので、どういう使い方になるのか今のところは定かではない。

 それより特徴的なのは、米国が提供する「M1エイブラムス」の31両という数である。

 米国陸軍の編成では、機甲部隊の1個大隊(2個中隊)は主力戦車30両と指揮官が乗る1両を中核としている。
 つまり31両という提供数は、米軍が1個大隊をそのまま派遣すると言っているようなものである。
 
 わかりやすく説明してみよう。米海軍の最強武器は原子力空母で、その攻撃力、破壊力は想像を絶すると言えるが、自艦を十分に防衛する能力はあまり考慮されていない。
 その代わりに、作戦行動の時は特に防空に強い巡洋艦や駆逐艦を数隻ずつ従え、海中には攻撃型原潜が従い、艦隊全体に弾薬やミサイル、燃料などを補給する任務の補給艦も随伴する。

 それで十数隻からなる1つの艦隊が構成され、これを「空母打撃群」と呼んでいる。

 この思想が陸軍でも共通している。最強武器の主力戦車が30両としても、その周りに歩兵戦闘車などの装甲車両が数百両と対空砲・ミサイル部隊が従い、少し離れた後方に独自燃料の補給車、弾薬補給車、さらには破損した戦車を後方に引き取る特殊トレーラーなど、いわゆる「兵站」(ロジスティックス)が必要不可欠だ。

 陸軍の1個大隊の兵員は、約1千人規模というのが世界標準だ。

 問題はそんな多種多様な装備をすべてウクライナに提供し、1千人のウクライナ兵が熟練の米兵と同じように、近代機甲戦を戦い抜くことが可能かどうかである。

 ここでヒントになるは、米国が他の戦車提供諸国と違って、米軍の現有保有数から割くのではなく、新たに製造して提供すると発表したことである。

 これでは実際にウクライナにエイブラムス戦車が到着するのは、数ヵ月からほとんど1年後、すなわち今年末になるのではないかと憂慮されている。

 実は、それこそバイデン政権の狙いなのではないかという見方もできるのだ。

 西欧諸国が提供するレオパルト戦車は3月末か4月には実戦可能な状態となり、地面も乾いて戦車戦に適した堅さになる。

 それで戦況が大きく変わるかどうかが、まず注目されるところだ。

 ウクライナがロシア軍に占領された「東・南部4州」をどれだけ取り返すことができるか。

 それを睨みながら、米国政府は「米国流の1個大隊」を、場合によっては米軍(あるいは公然たる軍事顧問団)を付けて、ウクライナ東・南部戦線に送るぞというシグナルを発しているのではないだろうか。

 ここで大局的な問題となるのは、春から夏にかけてウクライナがレオパルト戦車部隊を投入すると分かっているため、ロシアはその前に大規模攻勢に打って出るだろうという予想だ。

 またさらに、秋以降に米国から新造戦車31両が到着し、それまでに訓練を終えた部隊がフルに稼働すると分かっていれば、その前にロシアが動くことが予想される。

 またまたさらに、もしウクライナ東・南部4州から撤退を余儀なくされると分かった時点で、プーチンが何を考えるか、恐ろしい事態になるかもしれない。
 なにしろ、この4州とクリミア半島は、ロシアの国内手続き上、疑いなきロシア領土とされているのである。

 プーチン大帝は決して諦めることはない、というのが西側専門家の一致した見方である。(おおいそ・まさよし 2023/01/30)


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