title.jpg
国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.287
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年2月28日

      ロシアの侵略を止めた幕末日本の経験

 まさか1年を超して、ますます先が読めない状態に陥ったロシアのウクライナ侵略を、どう止めたらいいのか誰にも知恵が湧かないようだ。

 ここで、実はわが日本の経験が有力なヒントを与えてくれることに、注意を喚起しておきたい。

 もう歴史的に忘れられているが、いまから162年前のことである。幕末の日本を狙って英仏露などの列強が、まず軍事的要衝である対馬海峡に位置する対馬に目を付けていた。

 文久元年(1861年)の3月14日、ロシア海軍の小型軍艦「ポサドニック」が対馬に来航し、尾崎浦ついで浅茅湾内に入り、船を修理するためと称して居座り始めたのである。

 対馬藩は早急に退去するよう求めたが、ロシア水兵はさっさと上陸して工場や練兵場、医療施設などを建設し、そのための木材や資材を要求するに至った。

 当然、住民側とのトラブルが続発し、食料や牛馬、薪炭などの略奪が行われ、対馬藩側に死者も出るに至った。

 艦長のビリリョフ中尉は藩主との面会を要求し、はては湾付近の土地の租借を申し入れた。事実上の日本領土の割譲要求だった。

 これは無論、1艦長の単独行動ではなく、ロシア帝国の上層部が命令した日本侵略の小手調べであった。

 知らせを受けた幕府は驚愕し、直轄の長崎奉行や、箱館(現函館)奉行を通じて同地に駐在するロシア総領事に、露軍艦の退去を促すよう交渉させた。

 しかし、全くらちがあかないので、幕府は外国奉行の小栗中順を対馬まで派遣し、ビリリョフに直談判させるに及んだ。

 つまり、今の用語でいう外務大臣が、侵略軍の中尉という低位士官に「なんとか退去してもらえないか」と辞を低くして頼みに行ったわけである。
 常識ではとても考えられないことが、実際に起きていたのである。

 それでも露軍中尉はその依頼をハネつけ、あくまでも対馬藩主に会わせろと要求して会談は決裂した。

 こうした経過を観察していた英国公使オールコックは、イギリス東洋艦隊の軍艦2隻を使ってロシア艦に圧力を加える策を考え、幕府に提案して受け入れられた。

 後に勝海舟は回顧録で、自分がオールコックに根回ししたのだと自画自賛している。

 実際には日露英などの間で複雑な外交交渉があったものと想像されるが、なにしろ無線のない時代なので、海路と陸路で何日もかかる手間暇を考えると、外交の役割はほとんどなかったであろう。

 現実に英艦2隻が対馬に来航し、示威行動を伴って司令官ホープ中将がロシア艦に退去を要求した。

 それでやっと、露艦ポサドニックは同年9月19日、対馬を退去するに至った。

 英国海軍の圧力で、ロシアは半年で対馬占領を断念したわけである。英国もただ日本に対する善意だけで行動したはずはない。

 しかし、ロシアが譲歩した理由は、日本の抗議ではなく、英国の実力行使の「意志」に屈したことは明らかである。

 この歴史的事実が、いまロシアのウクライナ侵略を終わらせる方法を示唆しているのではないだろうか。

 162年前のロシア軍と、現在のロシア軍は全く同じようだ。よくもこれほど変わらないでいられるものだと感心するほど、兵士の行動も略奪習慣も同じに見える。

 さらに、ロシア側は藩主を脅しつければ対馬を支配できると考えていたようで、これはプーチンがゼレンスキー政権を追い出せばウクライナを支配できる、と信じていたのと同じ思考だ。

 「ロシアは力(ちから)の信奉者」と言われるように、強い相手には譲歩するが、弱い相手にはトコトン残酷になる。

 そこで、ロシアにとって自分より強い相手が出てくれば、当然、手を引かなければと考える。だから、アメリカが正面から「意志」を示して出ていけば、ロシアは後ろに下がるに決まっている。

 では、具体的にどうするか。

 アメリカ、あるいは英国だけ加えて、米英両国がロシアに対し、一方的に併合したウクライナの東・南部4州から全面撤退するよう要求し、受け入れなければ「この目的に限って」実力行使に出ると通告する。
 そして、実際に戦闘準備を公開で開始するのである。

 この案のキモは、2014年に併合したクリミア半島に触れていないことと、ロシアに対する圧力勢力が米英のみであってNATOではない、という2点においてロシアが受け入れやすい余地を残していることである。

 しかし、それなら核を使うぞというプーチンの脅しをどうするか、という疑問が生じるだろう。
 それに対しては、もしロシアが核を使用した場合、米英側がどう反応するかを、裏取引で具体的に提示するのがいいだろう。

 つまり、ロシア軍がどこにどう核を使ったら、米英側はどう反撃するかを理解させておくという手法である。

 軍事施設に対して使った場合、地方都市に対して使った場合、原子力発電所に対して、あるいは大都市に、というように具体的に使い方を例示した上で、米英側が核か通常兵器で必ず反撃するという方程式を、予め共有しておいて米英の戦闘力を見せつけるわけである。

 実は、同じようなことを米ロ間の非公開ルートで米側が警告しており、それがロシアの戦術核使用を抑止しているという見方もある。

 安倍晋三首相は現役時代、トランプ大統領に内々で、外交問題のアドバイスを与えていたと言われる。岸田首相がこのコラムの内容をバイデン大統領に届けるルートがないものか、、。
(おおいそ・まさよし 2023/02/28)


コラム一覧に戻る