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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.288
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年3月30日

     ソ連の二の舞い思わせる中華帝国

 今月は中国が主役で、派手な演出だが明暗が分かる人には分かるという展開を見せた。

 最も世界を驚かせたのは10日に、北京で、サウジアラビアとイランの国交回復を、中国が仲介して実現させたと発表したことだ。

 この両国が長らく犬猿の仲だったのは、サウジが中東イスラム世界の盟主であり、多数派であるスンニ派を率いているのに対し、イランは少数派のシーア派の大国として、互いに譲る余地がない対立関係にあったからである。

 また、サウジはアメリカの同盟国であり、国防を全面的にアメリカに依存し、その代償に石油利権を米国優先にするという関係を続けてきた。

 米軍要員が今でも駐留しているとみられるが、米国がサウジの石油に依存しなくなったので、この相互依存関係がかなり希薄になっていた。

 一方でイランはホメイニ革命(79年)で、親米のパーレビ帝政から反米のイスラム独裁体制に激変し、米大使館員多数が人質になるという最悪の関係に進んでしまった。

 イランは米国と西側の懸念をよそに、核武装の意志を捨てておらず、兵器級のウラン濃縮にほとんど成功した段階とみられる。

 そういう現状であるから、米国の意向を全く無視して、中国という地域外の大国が両国の間を取り持って、しかも電撃的に成功したというのは驚き以外の何ものでもない。

 これはアメリカを横目に見て、習近平が国家主席3期目をスタートさせる祝砲を、自ら用意していたと考えれば納得できよう。
 すなわち米国とバイデン大統領の顔を潰すのが目的だった、と言っても過言ではないだろう。

 当の習主席は、国際刑事裁判所から逮捕状の出たプーチン大統領に招待され、モスクワを訪問して大歓待を受けた。
 21日に発表された共同声明では、大方の予想通り、中露両国の連携強化を改めて強調し、西側に対して経済制裁とウクライナ支援をやめるよう要求するものだった。

 中国が大々的に打ち出した「和平案」なるものは、すべてロシアの主張に会わせた内容で、ロシアが「建設的」と評価する茶番のやりとりになっている。

 しかし、ここで注意しなければならないのは、習近平の狙いはプーチン大帝への表面的支援だけではなく、もっと大きな構想に手を付けていると考えられることである。

 それは、ロシアだけでなく、ロシアを含む「親欧米でない」諸国を、まとめて中国側に取り込む戦略と言っていいだろう。

 具体的には、国連による経済制裁や数回に及ぶロシア非難の決議に、反対や棄権を繰り返す国が数十ヵ国に上る。これが、潜在的に「親中国」勢力だとみて、「盟主はオレだぞ」と世界に見せつけているのである。

 これら諸国の多くは、米ソ冷戦時代にソ連の影響下にあり、西側先進国の植民地を脱して社会主義を採用した経験がある。国防のための兵器もソ連から供給されたので、引き続きロシアの武器を買っている。
 
 旧ソ連は冷戦に負けてロシア連邦に縮小し、社会主義に希望を失った途上国は次第に権威主義体制に変化していった。つまり、西欧型の民主主義よりも独裁者の登場を望んだわけである。

 ここに、中国がつけいる隙が生まれた。今やロシアの経済規模は中国の10分の1ほどに差が付いている。かつて西側と対等に渡り合った国力も影響力もなく、もはや「反欧米」勢力の盟主とはなり得ない。

 中国はさらに、26日に中米ホンジュラスの外相を北京に招き、国交樹立を発表した。その前日、ホンジュラスは台湾との断交を公表している。

 こうした3月の世界的事件を辿ると、中国とその皇帝となった習近平は、すべての野望を実現して中華帝国の再現と、世界を膝下に治めるプロセスを着々と進めているように見えるだろう。

 しかし同時に、彼の国は突然、壁にぶち当たっているという見方も成り立つのである。

 その根本は、人口政策の失敗による経済の崩壊にあると言えよう。中国政府の発表する統計が当てにならないという批判は常にあった。
 それは、ソ連の末期にはかなり知られるに至った統計の歪曲と同じだと思われる。

 最近、中国の人口は61年ぶりに減少に転じ、昨年末で14億1千万人になったと公表された。同時に、それは怪しい、本当は10億程度ではないかという推計が西側で出てきた(Newsweek日本版 3/21)。

 もともと、地方政府が中央に虚偽の統計を報告し、補助金などを人口に応じて受け取るというような習慣が、長年続いてきた結果、こういうとんでもない架空人口を生んだ可能性があるだろう。

 それに、いわゆる「一人っ子政策」を長く続けたため、結婚適齢期の青荘年男性に相手の女性が圧倒的に少ないという現実が問題となっている。

 日本に帰化した評論家の石平(せき・へい)氏によると、小都市でも、嫁の候補を見つけたとして、婚礼の前に相手の親に日本円にして数百万渡さなければならないという(産経 3/2)。
 それが大都市ならば、当然のようにマンションと高級車も用意しなければならない。

 これでは、結婚の数そのものが激減していくしかない。農村では、とっくの昔から嫁の来てはない。

 途上国が発展して中進国になるには、農村から都市に出ていく低賃金の労働力が必要不可欠である。その構造が中国ではもう機能しなくなった、と見てよいかどうかだ。

 米国は例外で、先進国なのに移民が流入して安い労働力を絶えず供給している。人口は増え続けて3億人を超え、単純労働や底辺の作業員はみな新たに流入した移民で占められる。

 中国がこういう解決法を取るとは考えられない。

 東西冷戦の末期、レーガン米大統領はソ連の経済困窮を見抜いて軍拡競争を仕掛け、見事に勝利した。
 「統計のウソ」を悪用して自滅した社会主義国の轍を、中国も追うことになるのかどうか。

 習近平皇帝の大芝居を、こういう視点で見ていくことが必要であろう。
(おおいそ・まさよし 2023/03/30)


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