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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.291
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年6月28日

     モンゴル大帝国は復活するか、いつ?

 出所は不明だが、卓抜なアネクドートが囁かれている。アネクドートとは、旧ソ連邦時代に隆盛を極めたロシアの政治風刺ジョークのことだ。

 まず、その面白さを紹介しておこう。

 <モスクワの赤の広場で、「独裁者○○は馬鹿だ、馬鹿だ!」と叫んでいた男が逮捕された。罪状は「国家機密漏洩罪」。>

 ○○の部分に誰それの名前を入れれば、他の国でも通用する名作だ。

 もうひとつ。

 <スイスの海軍大臣がモスクワを訪問した。記者から「スイスには海がないじゃないか」と問われて答えた。「ソ連にも文化大臣がいるではないか」。>

 話を冒頭に戻して、最近の傑作を紹介しよう。
 
 <100年前、ロシアの支配者はラスプーチン。
  現在、ロシアの支配者はプーチン。
  100年後、ロシアの支配者はチン。>

 お分かりだろうか? そう、チンは陳、すなわち中国人。いったい冗句なのか、真面目な予想なのか、はたまたロシア人自身の諦めなのか、なんとも意味深長なアネクドートである。

 怪僧ラスプーチンは、帝政ロシア最後の皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后に取り入り、2人を思うがままに操って、専横の限りを尽くした。
 1916年末、皇帝に近い貴族によって暗殺されたが、翌年のロシア革命と貴族の消滅を予言していたと言われる。

 反乱騒ぎで世界を驚かせた民間軍事会社創設者プリゴジンは、このラスプーチンに似たところがある、あるいはあったというべきか。
 自らもプーチン皇帝と一体不離だと思い込み、世間にもそう思い込ませ、軍事組織すべてを自分の支配下に置くべきだと、本気で信じ込むまでに至ったようだ。

 正面から組織トップのショイグ国防相と制服組トップのゲラシモフ参謀総長を退けるよう、暗黙の内にプーチンに要求して行動を起こした。これも自己の限界を忘れたラスプーチンを思い起こさせる暴走だ。

 現代のラスプーチンになり損ねたプリゴジンだが、プーチンのウクライナ侵略の理由を遠慮なく否定したことの影響は大きいだろう。
 この点では、貴族社会の消滅、すなわち帝政ロシアの終焉を予言したラスプーチンと、似通った本質があると100年後に評価されるかもしれない。

 「陳の支配下」になるというのは、100年後を待たない可能性が強い。すでに、ロシアは中国の「ジュニア・パートナー」になったというのが世界の認識である。

 経済規模では中国の10分の1に過ぎず、軍需産業とエネルギー輸出以外に見るべき経済の強味は皆無だ。

 その軍需技術についても、今回のウクライナ侵略で、たいした強味を見せつけていないではないかと、ソ連崩壊後の技術衰退を世界に知られてしまった。

 プーチンは旧ソ連の再興を夢見てウクライナ侵略に踏み切ったが、中国も旧ソ連の中央アジア諸国を早くも取り込む動きを見せている。

 日本は、こうしたロシアと中国の関係逆転を注意深く観察しなければならない。その理由は、中国がロシアを支配下に置くということは、13世紀の大モンゴル帝国の再現にほかならないからである。

 大モンゴル帝国とは、初代のチンギス・ハーンがユーラシア大陸に拡がる史上最大の版図を誇る帝国を築き、5代目のフビライ(世宗)が現在の北京を首都として元朝(大元)を建てた征服国家である。

 現在のロシアを自認する国は、モンゴル勢の衰退に伴って15世紀末に、モスクワ大公国が成立し、次第に周辺を征服し領土を拡大していっただけで、民族としてのまとまりではない。

 したがって、プーチンのロシア帝国再興の妄想が挫折し、国力が衰えると、ロシア連邦が再分解し、10ヵ国前後の自称独立国が乱立するという予想もある。
 その全部が弱小国なので、遅かれ早かれ中国の支配下に入る可能性は極めて高いのである。

 中国は共産党王朝3代目の習近平皇帝が海外への伸長を急加速し、今やアフリカから中南米にまで影響力を伸ばしている。最近では、フロリダの鼻先のキューバに、軍事拠点を築いてアメリカを慌てさせている。

 元朝のフビライ皇帝は、小国日本が朝貢を拒否したのに怒り、朝鮮(高麗)に大量の船と軍兵を用意させ、1274年と81年の2度にわたって日本を征服しようとした。

 現代の周皇帝は朝鮮に命じるまでもなく、すでに海軍艦艇の数は米軍のインド太平洋艦隊を凌ぐまでになっている。

 今月、米国のブリンケン国務長官が訪中したが、まず副首相級の国務委員兼外相の秦剛と会談し、つぎに1格上の外交トップである王毅政治局委員と会談し、その後ようやく習主席との面会を許された。
 その際、コの字型のテーブルの議長席に習近平が座り、仰ぎ見る両側に米中双方が別れて座って、議長の講話を拝聴する形にしつらえられていた。

 これが米国でも屈辱だとして批判が起きたが、日本人ならよく知っている毛沢東の故事を、習近平が真似したんだなとすぐ気がつく。

 1972年9月、田中角栄首相が訪中し、日中国交正常化を成し遂げた。その際、田中首相はまず周恩来首相と実務会談を済ませ、その後に毛沢東主席に「拝謁」を許された。

 毛主席は開口一番、「もうケンカは済みましたか?」と言ったという、その一言が歴史に残っている。
 すなわち、自国の首相と日本の首相をともに自分の格下扱いしたという話である。

 習近平皇帝は、米国の国務長官が筆頭閣僚で、他国の首相兼外相に当たることを知らないはずはない。その賓客を自分の部下と同列に並べ、訓示を与えるという場面を世界に流布して見せたわけである。

 彼は「米国覇権下の平和」(パックス・アメリカーナ)がすでに終わったと認識しているから、そこに加えてプーチンの大失敗が何を意味するかを、正確に理解しているだろう。

 頭の中では、毛沢東どころか、15世紀前半に鄭和の大艦隊をインド洋に派遣した明(みん)の永楽帝を凌ぎ、13世紀のフビライ皇帝に並ぶ自分を見ていても不思議ではないと言えよう。

 さて、そこまでプーチンが世界の大変動を加速してしまったとしたら、日本はどう考え、どう動いたらいいのか。難しいパズルが降って湧いたようなものだ。
 あの天才「フジイクン」でも、すぐに解を出せないだろう。
(おおいそ・まさよし 2023/06/28)


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