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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.292
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年7月30日

    トップを巡る謎も競うか中露両国

 前月コラムの続きのようになるが、ロシアの「プリゴジンの乱」の後日談が実に理解しがたい奇妙なことになっている。

 一介のレストラン経営者(前科があるとも)だったプリゴジンが、数万人の傭兵集団を持つまでに至ったのは、明らかにプーチン大統領のバックアップがあったからに違いない。

 言い換えれば、実態はプーチンの「私兵」として自他共に許す存在だったと思われる。ショイグ国防相も、そういう「民間軍事会社」を所有していると言われる。

 プリゴジンがショイグを目の敵にした理由も、それで分かるというものだ。

 しかし、前コラムで見たように、彼は怪僧ラスプーチンと同じように、自分とプーチンの関係を過信してしまい、軍事組織すべてを支配させろと要求するまでになった。

 その乱に失敗したあと、他国であれば当然、死刑を含む厳罰に処せられるはずだが、なんと隣の同盟国ベラルーシに移動させるというだけの発表となった。

 これが何を意味するか、現在まで明らかになっていない。それどころか、ロシア国内を自由に動き回っていて、ベラルーシ国内の移動先も確定されていない。

 約2万5千と言われる傭兵集団ワグネルの武装解除が終わったとも言われるが、そのうち数千人はベラルーシ政府が用意した駐屯地に入り、同国軍の訓練に当たっているという報道もある。
 また、その報道に合わせる形で、隣国ポーランドがベラルーシの領土を狙っているというような噂が流された。

 ポーランドはNATOのメンバーで、隣接するウクライナへの支援に積極的だ。岸田首相がポーランド経由でウクライナを訪問したように、ウクライナ支援ルートはポーランドがカナメになっている。

 そのポーランドがこともあろうに「ベラルーシの領土を狙っている」というのは、プーチンが使う常套手段、すなわち「ネオナチに攻撃されている」から反撃するのだというフェイク宣伝の匂いがプンプンする。
 
 その推測が当たるかもしれない。というのは、ウクライナが取り返そうとしてロシア軍と激戦になっているのは、ウクライナ南部と東南部である。
 その正反対の北西部に位置するポーランドで戦火が燃え上がれば、西側諸国もウクライナもお手上げになってしまうだろう。

 ポーランドが攻撃されれば、NATO全加盟国が防衛に参戦する義務がある。しかし、ポーランド軍がベラルーシ領を侵略したと宣伝すれば、事態は複雑怪奇となるだろう。

 まさかとは思うが、プーチン皇帝が失敗した現代のラスプーチンを泳がせているのは、こういう陽動作戦に使おうと両者合意しているからかもしれない。

 ところで、偶然だが、プリゴジンの乱と同じ頃、中国の秦剛(シン・ゴウ)外相が消息不明となり、ひと月たった今月25日、突然、外相を解任したと発表された。

 これも偶然だが、秦剛の異例の出世ぶりは、習近平皇帝の「引き」がなければ考えられないものなので、ロシアの独裁者と何か共通の謎を感じさせるのである。

 秦剛は外相に抜擢されてまだ7ヵ月。その前は駐米大使という超エリートだったが、就任わずか1年半で外相に引き上げられ、3ヵ月後には副首相級の国務委員を兼務、すなわち箔を付けてもらった。

 前任の王毅外相が在任5年でやっと国務委員兼務になったのに比べ、異常なほどのスピード出世だったことが分かる。

 外交官としては、報道官時代に西欧諸国にけんか腰でものを言う「戦狼外交」で名を売ったが、その後は儀典局長、次官を経て、いきなり駐米大使になっている。

 習近平が何を評価して抜擢を繰り返したのか謎が深いが、尻上がりに信頼が厚くなったのだろう。
 そうすると、その突然の解任も極めて異例で、何かよほどの背信行為があったに違いないということになる。

 習近平皇帝の周囲では、警護のトップとして極めて重要な中央警衛局長が、4月に病死したが最近まで公表されず、後任が不在のままになっているという報道もある。

 ロシアと中国の奥の院で何が進行しているのか分からないが、この2つの謎を解くカギは、当該人物の失敗や失脚の分析ではなく、その直前までの異例の出世、上昇がトップによる異例の「依怙贔屓(えこひいき)」の表れであり、それを誰も止められなかったことにある。

 「独裁者がコケるとき」というお芝居が書けそうな真夏の怪談である。
(おおいそ・まさよし 2023/07/30)


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