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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.293
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年8月29日

      やっぱりプーチン、おそロシア!

 これで3ヵ月続けて、現代のラスプーチンのことを書かざるを得なくなった。

 6月コラムで指摘したように、民間軍事会社ワグネルの創始者プリゴジンは、プーチン大統領に対して反乱を起こしたのではなく、軍事組織すべてを自分に支配させるよう「強訴」したというのが正しい理解だろう。

 その行動は怪僧ラスプーチンと共通する「ロシア的権力闘争」と見るべきであり、「皇帝」を動かそうとする自信過剰を、皇帝の側近たちが立ち上がって排除するという結末につながる。

 メディアではあまり注目されないが、元祖の怪僧ラスプーチンも公開処刑に近く、しかもむごたらしく殺されている点が共通しているのである。
 
 下手人は皇帝ニコライ2世のいとこや妹婿などの皇族や貴族であり、毒を盛った上に銃撃を加え、さらに凍り付いたネヴァ川に放り込んだというから、これはもう暗殺というより公然たる処刑と呼ぶべきだろう。

 プリゴジン搭乗のワグネル所有ジェット機が23日、白昼堂々と(?)爆破墜落させられ、間違いなく死亡したのは、やはり公然たる処刑の伝統が生きているからだと考えざるを得ない。

 この場合、ワグネルのナンバー2と、ナンバー3も同乗しており、さらに2機体制でモスクワを出発したという事実に注目するべきだろう。

 アメリカ大統領が防弾仕様のいかつい専用車で移動するとき、必ず全く同じクルマを2台並べ、どの1台に乗っているのか分からないようにしている。

 プリゴジンも軍事専門家だから、同じように2機用意して移動していたと思われるが、攻撃する側はちゃんとプリゴジンの搭乗機だけを、正確に把握して爆発物を仕掛けているのである。

 もう1機の方は、慌ててモスクワの空港に引き返し、搭乗員は全員拘束されたと報道されている。

 こういう経緯を分析してみると、プーチン皇帝がすべてを命令したというよりも、皇帝の意図を忖度して、綿密な作戦を立てて実行する組織があるのだと考えざるを得ない。

 昨年2月にウクライナ侵略を開始して以来、ロシア人の要人や経済人の不審死が二桁に及んでいる。これらはほとんど、特別に編成された「不審死実行チーム」による「特別軍事作戦」なのであろう。

 プーチンが独自の武力を持つ諜報機関「KGB」の出身だということはよく知られているが、それだけでなく、複数の諜報組織と軍事要員が互いに入り交じり、国内外の利権を分け合い、互いに監視し合っているのが政権の実態だと思われる。

 プーチンは、それらの利害の調整が巧みで、自分の権力を脅かす者が台頭するのを防いできたのである。彼の長期政権と独裁者化の謎を解くカギはそこにあると、だんだん分かってきた。

 そう考えると、7月25日、ショイグ国防相が北朝鮮を訪問したことの意味が深いことに気づくだろう。

 ショイグはプリゴジンが排除しようとした標的ナンバーワンだった。それが大敵の失脚のあと、北朝鮮の開放戦争勝利70周年記念の軍事パレードに姿をあらわし、独裁者の金正恩と並んで、まるで同格の大統領であるかのように閲兵する所作を見せていた。

 プーチンが自分の名代として、首相でなく、その下のショイグ国防相を派遣したのは、北朝鮮から兵器や弾薬を調達する意図だとも言われる。

 北朝鮮の兵器体系は基本的に旧ソ連が供与・指導したものであるから、ウクライナの抵抗で在庫が少なくなったロシア軍が、すぐに使用可能な兵器・弾薬を北朝鮮から調達しようとするのは合理的である。

 しかし、仮にそうだとしても、現下の戦況把握に追われている国防相を派遣する必要はないはずだ。
 ショイグ国防相を歴史の長い同盟国の指導者と同格のように、世界に見せつける狙いがあったのではないだろうか。

 セルゲイ・ショイグは11年近く国防相を務めているが、もう68歳と若くはないので、プーチンにとっては自分の地位を狙ってくる恐れは皆無だ。来年3月の大統領選挙までは安心して忠誠を期待できると思っているだろう。

 それまでにウクライナ情勢がロシアにとって有利に展開していなければ、選挙後に戒厳令や総動員令といった国内政治上の大転換が必要となるだろう。

 それでも、おそらくプーチンの独裁体制は揺るがないが、軍と諜報機関の上層部に改変が起きる可能性は強くなると思われる。
(おおいそ・まさよし 2023/08/29)


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