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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.294
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年9月28日

     トルーマンの決断をプーチンはどう見る

 ウクライナ侵略がすでに1年半を経過した現在、わずかな占領地をウクライナ軍の反攻から守るだけのロシアはつぎにどう出るのか。戦術核をどう使うのか使わないのか、独裁者プーチン大統領は何を考えているのか。

 それを推測する手がかりが、トルーマン大統領の広島・長崎への原爆投下にあるのではないか。
 意外かもしれないが、以下に順序よく説明していこう。

 78年前の8月6日に広島、同9日に長崎の上空で原爆が爆発し、計21万人以上の民間人が犠牲になった。負傷者も15万人以上。その後、長期間にわたって放射能障害死が続く。

 15日に日本は降伏したが、さすがに勝利した米国でも、この無差別殺戮は必要だったのかどうか、批判が巻き起こった。

 米政府は、元陸軍長官などに依頼して、「もし原爆を使わず日本本土決戦に突入していたら、米軍は100万の死傷者を出しただろう」などと世論工作を展開した。「死」と「傷」の比率は一般に「1対4」とされている。

 しかし、この数字は全く根拠がないホラだったことが次第に広まり、現在ではほとんど信じられていない。
 それでも、日本を降伏させるために原爆は必要だったとか、使用は正しかったと信じる、あるいは学校でそう教えられる米国民が、今でも過半数に上るという世論調査がある。

 一般の国民より多少はこの問題を知る有識者の多くは、かなり違った見方をしていると思われる。
 その中で最も広範に信じられているのは、米国の原爆使用の主たる目的はソ連に対する牽制だった、というものである。

 この説の強味は、実際にスターリンが、日本降伏と同時に北海道の北半分を占領させろと要求し、トルーマン大統領が即座に拒否したという事実にある。

 スターリンは素直に(?)受け入れ、代わりに北方領土の占領に切り替えた。広島・長崎の犠牲が北海道を救ったと言えなくもない。

 しかし、当コラムとしては、この説に疑問なしとしない。なぜならば、ソ連に対する牽制(脅し)ならば、2回行使する理由がない。
 広島・長崎に限らず、むしろソ連に近い北方領土、すなわち日本領の無人島に原爆を使用してみせる方が効果的だろう。

 それに、7月16日にニューメキシコ州の砂漠で行われた核爆発実験に成功したことを、トルーマンがポツダム会談の席でスターリンに直接知らせている。

 トルーマンは同25日に、広島・長崎を含む複数のターゲットに2発の原爆を使用する命令を下している。
 なぜ2発なのかを説明する材料として、広島には濃縮ウラン型、長崎にはプルトニウム型という2種類の原爆を使い分けている事実が挙げられる。

 おそらく米軍の首脳部は、実戦での威力を重視し、どちらの型が優位か比較してみることを、大統領に要求していたのだろうと推測できるのである。

 ここで登場するのが、トルーマン大統領の頭の中である。彼は、4月12日に大統領に昇格したばかりの「小物」だった。
 世界中で周知されているように、米国の副大統領職は大統領が健在である限り、全くのお飾りで何の権限もない存在だ。

 しかも、在職12年に及んだ前職のフランクリン・D・ローズベルトは、現在でも史上最高クラスの評価を受けている大物大統領だ。

 副大統領として原爆開発の事実さえ知らされていなかったというトルーマンが、前任者に負けない「強い大統領」というイメージを打ち出すにはどうしたらいいか。
 当然のことながら、原爆の実戦使用に踏み切るしかなかったであろう。

 つまり、トルーマンにとっては、日本の降伏が目前だと分かっていて、「原爆を使用して勝った決断力のある大統領」になるか、「使用できなかった」勇気のない大統領になるか、2者択一だったのである。

 この前例を、現在のプーチン大統領に当てはめてみると、「戦術核を使って勝った大統領」となるか、「使わないで勝った」(=使う勇気がなかった)と歴史に書かれるか、2者択一を迫られているということになる。

 「使わないで負ける」という選択肢はない。侵略から1〜2週間で目的を達するはずが大外れとなり、すでに「負けている」のが明らかだが、それを認めることはプーチンの辞書にはない。
 
 残る2つの選択肢の内、戦術核を使わないで勝つ見込みはごく薄くなっている。あとは、核をどう使うかという問題に絞られつつある。

 戦術核を隣の同盟国ベラルーシに配備完了したという発表は、ロシアが単独で使うのではなく、集団の意志と責任だという言い逃れのためだ。他の旧ソ連の構成国に拡げていく可能性もある。

 ベラルーシから発射された核ミサイルや、ロシア領以外から発進した戦闘機が核ミサイルをウクライナ内外に撃ち込んだと発表すれば、西側はすぐに核で報復することが難しくなる。

 また、攻撃されたので反撃しているだけだという、得意のフェイク理由をまた使うかもしれない。これはウクライナ側から核攻撃を受けたという宣伝を大々的に展開し、西側が反論する間もなく、核で報復したと言い切る。

 いわゆる「偽籏作戦」で、西側の報復をためらわせる巧妙な方策である。

 もっとも、プーチン皇帝の一存で即、核が発射されるわけではない。米国も同じだが、大統領は発射命令を下すことができるが、それを受けた司令部が即時に正統な命令かどうかチェックし、最終の権限を持つ司令官が実際にボタンを押す複数の要員に命令することになる。

 つまり、このプロセスのどこかで抵抗する者が出てくる可能性もある。その場合、事態は極めて複雑に展開することになるだろう。

 プーチンは、トルーマンとは逆に、充分に強いリーダーだと自認しているが、ロシアを大帝国に育てたイワン雷帝とエカテリーナ女帝を理想としているので、心理的にはトルーマンと共通した焦りがあると思われる。

 目先、来年3月の大統領選挙で圧勝しなければならないというデッドラインもある。

 米国と西側首脳はそこに追い詰めて核を使うことにならないよう、慎重にウクライナにアクセルとブレーキを使い分けるよう促している状態だ。
(おおいそ・まさよし 2023/09/28)


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