title.jpg
国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.295
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年10月30日

      イスラエルの「10・7」を考える視点

 ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスの軍事行動は、イスラエルにとってアメリカの「9・11」同時テロに匹敵する奇襲攻撃と受け取られている。

 当コラムでは、2つの視点に絞って考察してみたい。

 第1は、奇襲についてである。イスラエルの諜報機関は世界で1番とも言われてきたのに、なぜこれほど大規模な奇襲を許してしまったのか、世界の専門家筋も信じがたいといった反応だ。

 その答は、いうまでもなく「油断」である。イスラエルはかねてから旧日本軍の真珠湾攻撃を成功例として研究しており、来日する同国軍人は靖国神社に参拝しているという話があるほどだ。

 皮肉にも、こんどは当時のアメリカに倣って、奇襲を許す側に回ってしまったことになる。 
 当時のローズベルト政権は、日本軍が南方で行動を起こすと予想しており、まさかハワイの太平洋艦隊の本拠を全力で襲ってくるとは想像もしていなかった。

 また、ニューヨークとワシントンを、ハイジャックした旅客機で特攻攻撃した「9・11」同時テロは、全く予兆を掴んでいなかった米政府の油断が許したものだ。

 今回のハマスによる攻撃は、「9・11」と似ていて、目的が明確でないので予兆をつかめなかったのだろうと推測される。

 「真珠湾」は、米軍の太平洋艦隊を全滅させれば、米国は対日外交交渉で譲歩してくるだろうという狙いがあった。日露戦争におけるバルチック艦隊全滅が念頭にあったのだろう。

 そういう目的が「9・11」と「10・7」には全くないところが共通している。それどころか、こういう無差別殺戮をやってのければ相手は憎しみに燃えて、全力で反撃してくるだろうと分かっているのに、なぜやったのかという非論理ぶりも同じだ。

 今のアメリカ、特にバイデン政権は、当時のアメリカが「9・11」に逆上しすぎて、その後の中東アフガン政策と戦略を誤ってしまったと自戒している。
 そして、だからこそ、イスラエルに対して同じ過ちを繰り返さないよう説得を続けていると理解できる。

 ハマスが外国人を含む多数の人質をガザに拉致したのは、イスラエル軍の大規模反撃を遅らせるために予め考えられた戦術であろう。それ自体が目的とは考えられない。
 とすれば、奇襲の目的はただイスラエル国民をできるだけ多く殺戮し、ネタニエフ政権を逆上させ、大規模反撃させることにあると考えざるを得ない。

 第2の視点は、「飽和攻撃」の典型が示されたことである。
 
 飽和攻撃とは、どんなに防御を固くしても、迎撃手段を上回る数の砲弾やミサイルが飛んでくることを意味する。

 今回の攻撃では、7日未明に、3千発とも4千発とも言われるロケット弾がイスラエルに撃ち込まれた。

 イスラエルではその種の攻撃に備えて、2011年から「アイアン・ドーム」と呼ばれる防空システムを運用し始めた。

 都市の上空を鉄のドームで覆うというイメージで開発され、敵のロケット弾1発を2発の迎撃ミサイルで迎え撃つ仕組みになっている。命中率(迎撃成功率)は最高で90%とも言われる。

 しかも優れたレーダーで住宅地に落ちるかどうかを判断し、被害が小さいと判断したロケット弾は見逃すという性能まで備えている。

 しかし、命中率がいかに高くても、今回のようにアイアン・ドームの能力を超える数のロケット弾を集中して撃たれた場合、ある程度どうしようもないことになる。 

 この飽和攻撃を最も恐れているのが韓国であり、潜在的には日本も同じである。他人事ではない。

 韓国の首都ソウルは、北朝鮮との国境から、ロケット弾どころか長距離砲の砲弾が届く距離にあり、北は1時間に1万6千発を撃ち込むことができると言われる。

 日本は北朝鮮からの飽和攻撃の心配はないが、中国から日本を標的としたミサイル数は、陸上、海上、海中発射を合わせて、すでに飽和状態にあるようだ。

 しかも中国は核弾頭の搭載技術があるので、日本のミサイル迎撃能力(イージス艦と陸上のパトリオット)を超えるミサイルを撃ち込み、そのうち幾つかは核を積んでいるといった攻撃が可能なのである。

 非常にやっかいなことに、飽和攻撃というのは防御側に非対称的なコスト高を強いるのである。
 実際の例では、アイアン・ドームの対空ミサイルは小型だが1発9万ドルという数字がある。それが2発で18万ドル。

 対するハマスのロケット弾はほとんど自家製で数百ドル程度で作っているとすれば、イスラエルの負担は著しく不利になる一方だということが分かる。

 日本も基本的に同じ構造に追い込まれているのだということを、改めて考えざるを得ない国際状況が生じた。
(おおいそ・まさよし 2023/10/30)


コラム一覧に戻る