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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.296
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和5年11月28日

      武士道は生きているが騎士道は?

 「武士の情け」という概念は、いまの日本人にはピンとこないかもしれないので、具体例を示した方がいいだろう。

 いちばん分かりやすいのは、日露戦争の終盤、明治38(1905)年1月1日、ロシアの旅順要塞司令官アナトーリイ・ステッセル中将が降伏し、5日後にいわゆる「水師営の会見」で降伏式が行われた。

 日本側の第三軍司令官・乃木希典大将は、相手が帯剣を差し出そうとするのを押しとどめ、勲章と帯剣の着用をそのままでいいと許した。

 ロシアを含め、ヨーロッパの戦争の歴史では、敗者が帯剣を差し出すのが常識であり、その屈辱がどれほど大きいかを自他共に認識している。

 乃木将軍はそのことをよく知っていて、あえて相手を尊重していることを態度で示したのである。
 ステッセル将軍が後々まで、日本側の異例な心遣いに感謝の意を表し続けたことは、歴史に残る美談となっている。

 こういう「武士の情け」が現代の日本にも、連綿と受け継がれていることが分かった。それも、将棋の世界だったというところが面白い。

 よく知られているように、将棋で負けを悟った方は、ある程度の形を作った上で、「負けました」と頭を下げる(投了という)。ところが約10年前、新たなルールが作られ、プロの世界でも適用されている。

 これは「入玉宣言法」という勝ち方で、自分の王(玉)将を相手の陣営に突入させ、引き連れた家来が10枚で24点になれば、「勝った」と宣言できるというものだ(飛車と角は各5点、あとはすべて1点)。

 このルールは、まだプロのタイトル戦で実使用されたことがないが、なんと藤井聡太7冠が、残る1冠に挑戦する「王座」戦の第2局で、その宣言の寸前まで行ったのである。

 観戦者たちが息を呑んで見守る中、藤井7冠は歴史に残るはずの宣言をせず、詰めの数手を打ち、長瀬王座はそれに応じた駒を動かした上で、「負けました」と投了した。

 これが、武士の情け、そのものだった。

 藤井7冠は、史上初めてトッププロ同士のタイトル戦で、新ルールの「宣言勝ち」という勲章を手にできる。しかしそれは、長瀬王座にとっては歴史的な屈辱となるはずだ。

 だからこそ、年長で先輩でもある相手の心情を慮って、通常の負け方に誘導したのだろうと察せられるのである。

 ここで、気がついただろうか?  将棋は戦争を模したゲームなのである。

 いま世界で熱戦となっているウクライナ戦線と、ガザ・イスラエル戦闘で、日本流の武士道精神か、または西欧流の騎士道の片鱗が、どこかで発揮されているだろうか。

 残念ながら、答は「ノー」だろう。

 それどころか、世界の非難が集中する医療施設への武力攻撃は、決して新しい問題ではない。もともと日本が、それでひどい目に遭った経験をしているのである。

 中国大陸で、日本軍と戦う中国軍(主に蒋介石軍)は病院の隣に布陣し、日本軍が攻撃してくると、「日本軍が病院を攻撃しているぞ」と欧米の特派員たちに宣伝し、彼らはそれを大々的に本国に打電して、中国側に協力した。

 この悪宣伝が、「日本軍は残虐だ」というイメージを欧米に刷り込んだ原点、と言って差し支えないだろう。

 こういう刷り込みは、現在まで消えずに残っており、日本で放映されている英国ミステリーの連ドラで、突然、「シンガポールで牧師だった父は、日本軍に拷問されて殺された」などというセリフが飛び出したりする。

 日本は「病院悪用作戦」に引き込まれた不名誉な第1号かもしれないが、いまイスラエルが2番目というわけではない。

 ロンドンの王立防衛安全保障研究所(RUSI)によると、今年だけでも医療施設への武力攻撃が、18紛争地域で、855件に上るという(日経、11/24)。

 驚くべき件数である。これはもう、「病院悪用作戦」が世界中で当たり前、どの勢力にとっても日常の常套手段になっていることを意味する。

 日本が外交上で、できることはほとんどないのが残念だが、機能が麻痺している国連の場で、改めて日本では武士道精神が生きていることを、広く知らしめたらどうだろうか。

 その上で、騎士道の復活と両者の精神的協力を呼びかけ、国連の存在意義を改めて確認する方向を示すことを、日本の役割としたらいいのではないか。
(おおいそ・まさよし 2023/11/28)


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