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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.299
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和6年2月28日

     韓国を次のウクライナに、北朝鮮の思惑

 ロシアのウクライナ侵略とおそらく関係があると思われるが、北朝鮮が昨年から理解の難しい内外政策の転回を見せている。

 ひと言で言い表すと、韓国に対して痛烈な平手打ちを見舞うと同時に、日本には気味悪いほどの暖かい風を吹かし始めた。
 そして、国際社会の厳しい批判を浴びるロシアとは、国連の制裁を受ける仲間として蜜月の度合いを高めているのである。

 これを解きほぐすには、まず普遍的な戦略・戦術の観点から考えてみよう。

 北の指導部は昨年7月、突然、韓国を従来の呼称「南朝鮮」でなく「大韓民国」と相手の正式国名で呼び始め、今年1月15日、金総書記自身が「韓国との統一はもはや不可能であり、憲法を改正して韓国を第1の敵国に定めるべきだ」と宣言した。

 同時に、首都にそびえていた南北統一を目指す「祖国統一三大憲章記念塔」が撤去された。建国の祖父・金日成と父・金正日の2代にわたる「平和的統一」という国家理念を、遠慮なく葬り去ったのである。

 「平和的統一」というのは、いうまでもなく北朝鮮による南の併合を、暗黙に意味している。したがって、その文言を放棄したということは、すなわち韓国を敵対する隣国と認識し直し、今後は武力で占領し併合するという意思表示をしたことになる。

 そこで、「日本には秋波を送る」という必然性が出てくるのだろう。

 これは、「敵の敵は味方」という古来からの原則である。わかりやすい例では、歴史的にフランスとロシアが、怖いドイツ(プロイセン)を挟んで、自然に親しい関係になったという事実が挙げられる。

 金正恩がプーチン大統領に刺激されて、同じ民族の韓国に対して、同じような理屈を掲げて「特別軍事作戦」を発動するのか。

 それほど愚かではないと思うが、そういう脅しをかけるという決意を下したのかもしれない。

 そうであれば、日本を敵に回すのではなく、逆に韓国を助けるのを阻止するために、予め日本を骨抜きにしておく必要があると考えるだろう。

 岸田政権が水面下で北と接触していることは知られていたが、昨年5月には北の外務次官が「両国が会えない理由はない」という談話を発表し、今年初めの能登半島地震に際しては、金正恩トップが「総理大臣閣下」という敬称を付けて、哀悼の電報をよこした。

 首相もこの異例な敬称にはビックリしただろう。それだけでなく、2月15日、実妹の金与正・朝鮮労働党副部長が談話を発表し、「(岸田首相が主導的に動くというが)朝日関係を前進させようという真意から出たものであれば、肯定的に評価できない理由はない」と、明らかに首脳会談の誘いと取られる言動を示した。

 岸田首相は、自身と自民党の支持率回復のため、できるなら訪朝して首脳会談を行いたいところだが、国民の期待は拉致被害者全員の即時帰国ということで、ハードルは高い。

 それに、北の思惑が韓国脅迫にあるとすれば、たとえ拉致被害者が全員解放されたとしても、その見返りに巨額の資金を要求される。
 人道援助などという名目で数兆円、あるいは十数兆円が北の独裁者に支払われ、それが韓国攻撃や核・ミサイル開発に使われることは始めから明らかだ。

 このジレンマに、内政問題に追われる岸田首相は、どう対処できるだろうか。

 つぎに、北朝鮮がロシアの求めに応じ、大量の砲弾やロケット弾を送ってプーチンを大いに喜ばせたことと、上記の対韓国政策の大転換がどう関係しているかという問題である。

 これは、中国との関係も絡んでいる。中国は北朝鮮の冒険的行動を支持しない可能性が強く、また国際的にはロシア側に立っているが武器弾薬の供給には応じていない。

 中国は国内経済がほとんど破綻に近く、ロシアに実質的な援助を与える余裕がない。

 北朝鮮の兵器体系はもともと旧ソ連・ロシアから移転されたものなので、砲弾などの消耗品はそのままロシア軍でも使える。また準戦時体制を維持してきただけに、あり余る蓄積のうちから大量の武器弾薬をロシアに供給できる。

 金正恩は昨年11月、専用列車でシベリアに入り、プーチンと首脳会談をしている。また近いうちに、プーチンが訪朝するという観測も出ていて、急速に両国首脳の協力体制が出来上がっていくようだ。

 北朝鮮は、すでにロシアからロケット制御技術や潜水艦、戦闘機などの先端技術を受け取っていて、不審なほど頻繁に繰り返されるミサイル発射は、その成果を確認しているのではないかと推測されている。

 プーチンは、金正恩が「同民族の韓国民を、米国の傀儡政権から開放する行動に出る」と持ちかけられたら、自分のウクライナ侵略論理と全く同じなので、なんと返事するか。
 もちろん、「いいぞ同志、いっしょにやろう!」
(おおいそ・まさよし 2024/02/28)


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