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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.303
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和6年6月29日

     歴史は繰り返す、プーチンのヒトラー化

 今月15〜16日、スイス政府の主催で、ウクライナが提唱する和平案の実現に向けた国際会議、略称「平和サミット」が開催された。93ヵ国と国連などの国際機関が参加し、日本からは、岸田首相も駆けつけた。

 ところが、その会議にぶつけて、プーチン大統領は同14日、ロシア側の提案として「ロシアの支配するウクライナ東・南部4州からウクライナ軍が撤退し、将来のNATO加盟希望を断念すれば停戦する」と言明した。

 ロシアが侵略しておきながら、しかもまだ4州(国土の2割弱)を完全占領していないのに、憲法その他の法令で併合を既成事実化しているのを前提に、「ウクライナ軍が撤退しろ」と迫った。
 そんな無茶な要求をウクライナも世界の常識も受け入れるわけがない。

 しかし、これは他人事ではないのである。

 2022年5月の当コラムで紹介したように、プーチン皇帝は、歴史上カムチャツカ地方に住んでいたアイヌは、ロシア民族の一部だと認めている。

 その言質を元にすれば、北海道のほんの一部を占領しただけで、「北海道から自衛隊を撤退させ、日米安保条約を破棄すれば、これ以上の戦闘を停止してやる」という、ロシアの侵略があり得ることになる。

 プーチンのウクライナ和平案は、これと同じことなのである。

 そんなことが許されるはずはない、というのは戦争アレルギーの日本人だけで、実際にナチスドイツの独裁者ヒトラーがこの手法を使って成功している。

 プーチンは、そっくり同じことをやろうとしているにすぎない。

 ヒトラーは、ドイツ民族の統合を理由に1938年3月、オーストリアを併合し、さらに国境を接するチェコスロバキア領ズデーテンランドに目を付けた。
 そこに住むドイツ民族の保護を主張し、やがて併合を要求するに至った。

 同年9月、英仏独伊の4首脳によるミュンヘン会議が開かれ、ヒトラーは「これが最後の領土要求だ」と約束した。
 これに屈したのが英国のチェンバレン首相だった。当事国抜きで、チェコのズデーテン割譲を認めてしまったのである。

 英仏側の弱腰を見抜いたヒトラーは、ズデーテンどころかチェコスロバキア全土に進駐し、翌39年8月にはソ連と不可侵条約を結び、密約で独ソ両国に挟まれたポーランドを分割占領するに至った。

 これが、第2次世界大戦の始まりである。

 プーチンの「ウクライナ4州割譲」要求は、笑ってしまうくらいヒトラーと同じモデルだと言える。

 西側諸国が認めるはずもないのに、ヒトラー化を演じざるを得なくなったのは、ウクライナ侵略の当初、わずか1週間かそこらで首都を落とし、ゼレンスキー政権を追放するという戦略が破綻したからである。

 北隣りのベラルーシから侵入したロシア兵が、ウクライナ住民に「ネオナチはどこだ?」と尋問して回ったという話は、まだ記憶に新しい。

 この部隊が大失敗したため、プーチンは南と東の国境から、ロシア(語)系住民の協力を当てにして、ネオナチ部隊と戦うという名分を掲げる羽目になった。

 ゼレンスキー政権をネオナチ呼ばわりしながら、自分自身がヒトラーと同じ行動に出ざるを得なくなったわけで、自分が歴史の罠に落ちてしまったと悟るべきだろう。

 しかし、現状ではウクライナが自力でロシア軍をすべて国外に押し戻し、その上で停戦に応じさせるというのは、ほとんど不可能に近い。

 また、仮にそれが実現したとしても、国力に勝るロシアが充分に準備して、再び侵略してくる可能性の方が高い。
 なぜならば、国内法でロシア領とした東・南部4州をウクライナに取られた、だから取り返さなければならない、と国民を洗脳するに違いないからだ。

 これは日本にとっても他人事ではない。北方領土を不法占拠したままのロシアと、島根県竹島を不法占拠したままの韓国では、共に「自分たちの固有の領土を、自力で日本から取り返した」と、国民に虚偽を教え込んで今日に至っている。

 ロシア人はとりわけ、専制的支配者に従順だと多くの専門家は見ている。プーチンのウクライナ侵略がこれほど誤算続きで、多くの死傷者を出しているのに、国内で批判の声は出てこない。

 ということは、詰まるところ、プーチン皇帝が早期に退陣や命が尽きたとしても、後継者が同じ路線を継承する可能性が高いということになる。

 特に領土問題は論理や歴史の問題ではなく、情緒がモノを言う、すなわち盲目的な愛国心の主張がぶつかり合うことになる。

 ウクライナという独立国が、国連によって守られるかどうか、ますます不確かな世の中になってきた。
(おおいそ・まさよし 2024/06/29)


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