国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.305 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 令和6年8月29日 痩せても枯れてもアメリカ様々? 「世界の警察官ではない」と宣言したのはオバマ大統領だった。「ウクライナに米軍は送らない」と突き放したのはバイデン大統領だ。 こういう内向きの米国トップのおかげで、世界はどれだけひどい目に遭っているか、ロシアの露骨な侵略を受けるウクライナを見れば、誰でも分かるというものだ。 そのウクライナの部隊が、今月6日から突然、ロシア西部のクルスク州に逆侵攻を開始して、世界をあっと言わせている。 この真珠湾を思わせる奇襲攻撃は、作戦立案と準備期間を考えると、数ヵ月前から密かに計画されていたはずだ。 とすると、この作戦の発想は、米国でトランプが再度トップに返り咲く可能性が高いと見て、その対策はこれしかないということになったのだろう。 よく知られているように、トランプは大統領のときからプーチンを高く評価しており、再度の大統領に就任したら、「24時間で露・ウ戦争を終わらせる」と豪語している。 これはつまり、バイデン政権のウクライナ支援の停止を宣言し、ロシア軍が占領しているウクライナ領土を割譲させ、事実上の全面降伏に追い込むことを意味している。 ウクライナ側はそういう事態を想定して、占領地(と捕虜)の交換を条件にしようと考えたに違いない。 ウクライナ軍は防備の薄かったクルスク州に奇襲をかけ、国境警備の兵士数百人を捕虜にとり、10万を超える住民には危害を加えず、自主的に避難させているようだ。 これまでに、1千平方キロを占領したという報道もあるが、実態としては、ロシア軍が占領したウクライナの東・南部とクリミア半島は、国土面積の2割弱と言われるので、とても「等価交換」というまでには至っていない。 第2次世界大戦の終結以来、ロシア領土に他国軍隊が侵入したのはこれが初めてで、その意味では歴史的な事件であることは確かだ。 プーチン「皇帝」にとっては、これほど恥さらしなことはないと思われるが、見方によってはそれほど痛手ではないかもしれない。 というのは、ロシアには言論の自由がないので、プーチンが「やっぱりゼレンスキー政権はネオナチだった。ナチスドイツと同じに、わがロシアに侵略してきた」と国内向けにウソ宣伝すれば、却って自分の立場を有利にできるのである。 そう考えると、誰かがトランプを説得して、「プーチンの究極の目的は領土ではなく、ゼレンスキー政権を追い出して国家主権を奪い、ウクライナを属国化することだ」と分からせるしか、この悲劇を終わらせることはできないという結論になる。 もし安倍晋三氏が健在であれば、それが可能になったかもしれないが、「もしアベ」はもはや望み得ない。 ここで、米国大統領の選挙がウクライナだけでなく、日本の政治トップの選択にまで影響を及ぼしているという現実に、思いが至るであろう。 8月14日という日を選んで、岸田文雄首相が9月末に退陣するという意思表示をしたのはなぜだろうか。 11月5日の大統領選挙で、もしトランプ候補、あるいはハリス候補のどちらが当選したとしても、日本はどちらとも対等に、かつ毅然と対面しうる人物を総理大臣に選んでいるかどうか。 岸田首相は、そういう宿題を自民党員と国民全体に、投げかけたのではないだろうか。 つまり、「もしトラ」を想定して、安倍首相を凌駕するほどの国際政治力を発揮する政治家を出せるか。「もしハリ」を想定して、日本も女性首相を先に選んでおくという選択肢があるかどうか。 岸田氏は退陣しても議員のままなので、元首相という立場でキングメーカーになりうるし、同じ立場の森、麻生、菅といった長老は高齢で引退間近だ。 後継首相が大きな失敗をすれば、安倍首相と同じように再度登板という場面があるかもしれない。 岸田首相は、トランプという難敵を一時、スルーしておきたかっただけかもしれない。 (おおいそ・まさよし 2024/08/29) |