国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.312 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 令和7年3月30日 なぜか歴史を繰り返す昨今の世界 「ミュンヘン会議2.0」と、「ヤルタ2.0」という言い方が拡がっている。 2.0というのは、いうまでもなく映画などの「続編」をあらわす今時の表現だ。 ミュンヘンの方は、昨年6月のコラムで取り上げた通り、ナチスドイツの独裁者ヒトラーが、チェコスロバキアのズデーテン地方を軍事占領し、これ以上は望まないと表明したので、英国のチェンバレン首相が認めてしまった歴史である。 当事国のチェコスロバキア抜きで、勝手にヒトラーの侵略を容認したという点で、ミュンヘンという地名と、チェンバレン首相の悪名が永遠に残ることになった。 これと同じことを、トランプ米大統領がやろうとしたのである。すなわち、ウクライナ抜きでプーチン・ロシア大統領と取り引きし、ロシアの停戦同意を引き出そうとした。 ウクライナに対しては、地下資源開発などのエサを与え、米ロだけの合意に黙って従えといわんばかりの態度を示した。 トランプ大統領と米側の特使たちが漏らす本音は、驚くほどプーチンの従来からの主張に重なっている。 軍事占領しているウクライナの東・南部4州とクリミア半島はそのままロシア領と認め、さらにウクライナの非武装化と中立化、そのためにはゼレンスキー現政権も退陣する必要があるというような要求だ。 さすがにゼレンスキー大統領は絶対に呑めないと繰り返し否定し、英仏独などNATO諸国も同調している。 が、トランプはそれを押し切って「チェンバレン2.0」になるのをためらわないかもしれない。 ヒトラーが起こした第2次世界大戦の末期、1945年2月、クリミア半島の保養地ヤルタで、米英ソ3国の首脳が集まって戦後の世界秩序を取り決めた。 それで「ヤルタ会談・協定・(戦後の)体制」と呼ばれている。 主役は米国のフランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)大統領のはずだったが、彼は心身共にボロボロの状態で(2ヵ月後に病死)、実際には英国のチャーチル首相とソ連の独裁者スターリンの2人が取引を行った。 ソ連軍が駐留する東欧の支配権をスターリンが要求し、チャーチルが「同意」という印を付けた話は有名だ。無論ウクライナも含まれる。 チャーチルは翌年3月、前首相となって訪米し、東西の間に「鉄のカーテン」が降ろされた、とまるで他人事のように演説している。 現在、ウクライナを始め、ロシアと国境を接する西側の将来を、トランプとプーチンの2人が、勝手に取り引きして決めようとしているような状態を指して、「ヤルタ2.0」と揶揄しているわけだ。 そこからさらに波及して、前大統領のバイデンが、FDRと同じように、任期末には正常な判断力を失っていたのではないか、という噂が出てきた。 これは、トランプ大統領が自ら言い出したことで、バイデンの「署名が自筆ではなく機械署名によるものだった」とSNSに投稿したからである。 これは実は、晩年のFDRが姿をあらわさず、エレノア夫人だけが病室に入り、公文書を説明して署名を受け、病室から出てくるという形になり、当然の疑惑を生んだ故実を元にしているのである。 米メディアによると、2011年以降は公文書への機械署名が法的に認められるようになった(産経3/22)というが、もちろんそれには署名者本人の十分な理解が前提となる。 つまりトランプは、政敵のバイデンを貶めるために、「機械署名=判断力なし」という印象を広め、いわば「FDR晩年疑惑2.0」を目論んでいると思われるのである。 ちなみに、FDRは歴代大統領の中でも最上級の評価を受けている1人だが、日本にとっては大悪魔と言ってもいいような、日本敵視の大統領だった。 蒋介石政権を陰から支援して事実上の対日武力行使に入り(義勇空軍フライング・タイガースなど)、チャーチルの要請に応えて対独戦争に参戦するため、日本に先に手を出させようと挑発を繰り返した。 原子爆弾の開発もFDRが大統領として主導し、ドイツに対して使用する予定だった。副大統領のトルーマンは全く知らされていなかった、という逸話が残されている。 また米英ソのヤルタ協定は、国連での拒否権やソ連の対日参戦、南樺太と北方領土をソ連に渡すといった密約を含んでいた。 すなわち、FDRは第2次大戦(当時の大東亜戦争を含む)の始まりから終わりまでと、その後のヤルタ体制までカバーしているわけで、その意味での戦時大統領として米国史では評価されていることが分かる。 日本としては、トランプ大統領自身が「FDR2.0」にならないことを願うばかりの今日である。 (おおいそ・まさよし 2025/03/30) |