国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.314 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 令和7年5月30日 ノーベル平和賞を諦めるかどうかがカギ 6年前の2019年2月のコラム「やはり平和賞狙いだったトランプ大統領」の続きのようになる。 人間、富と権力を手にしたあとは、残る「名誉」が欲しいと思うのは自然の流れだろう。若ければ「○欲」というのも無視できないが、老齢のトランプはもう若いころにやり尽くし、訴訟にもなっているので、その欲はないと見ていい。 そうなると余計、ノーベル平和賞に対する欲求は想像以上に強いと見なければならない。第1期に、北朝鮮の独裁者と3回も首脳会談を行い、北の核開発ストップを実現しようとしたのは、これに成功すればノーベル平和賞は間違いないと確信していたからだろう。 第2期の狙いは、国内的にはアメリカ再興と領土拡大、すなわちリンカーンに並ぶ「中興の祖」となることと、外交では世界中の戦争を止めた功績で「ノーベル平和賞」を受けることを目標にしている。 アメリカの大統領としては、セオドア・ルーズベルト(1906年)、ウッドロウ・ウィルソン(1919年)、ジミー・カーター(退任後2002年)、バラク・オバマ(2009年)の4人が平和賞を受けており、このほか副大統領経験者のアル・ゴアが、環境問題の活動家として2007年に受賞している。 このうちで、トランプがいちばん意識しているのは、オバマ大統領の受賞例だと思われる。 なぜならば、ノーベル平和賞への推薦は毎年1月末が締め切りだが、オバマは1月20日に就任し、「『核無き世界』に向けた国際社会への働きかけ」(ノルウェー・ノーベル委員会)で、その年の10月9日に平和賞を受けているからである(式は12月)。 9ヵ月足らずの実績(?)でノーベル平和賞というのは、いかにも異例の短さだった。 トランプは来年の1月までに世界の戦争を止めて、10月に平和賞を受け、11月の中間選挙を最大限、有利に持っていこうと考えたに違いない。 この日程計算が、重要なのである。 ロシアのウクライナ侵略戦争を止めることが最大の課題だ、ということがよく分かるだろう。それに加えて、イスラエルのガザ戦争、中東の「イラン・ヒズボラ vs. アラブ」、アフリカの複数の戦争状態等々、増える一方の戦乱を十把一絡げで止めることができる、と思い込んだのかもしれない。 初め、ロシアの独裁者プーチンの言い分をそっくり受け入れて、仲介者としての立場を忘れたような言動が目立ったが、「戦闘を止める」という目標が先にあるとすれば、現在優勢にある方に働きかけるのが有効であることは確かだ。 しかし、そこを海千山千のプーチンに見抜かれ、却って要求をエスカレートさせてしまったのが現状だ。 最近のロシアの要求は、ゼレンスキーをネオ・ナチ大統領として追放し、その後はロシアの容認する政権を作れというまでに、圧力を強めていると報道されている。 トランプ大統領はまだ就任4ヵ月を過ぎたばかりなので、初動の間違いに気がついて軌道修正を図る余裕はあると思われる。 しかし、プーチンだけでなく、イスラエルのネタニヤフ首相もトランプの意向を無視し続けている。 高関税で屈服させるはずの中国は、却って強気の反撃に出て、米国民の中国品需要が強いことに気がついたトランプ政権は、大幅な関税値引きで矛を収めた。 来年の中間選挙から逆算した諸々の日程調整は可能だが、ノーベル平和賞をすべての出発点とした皮算用は、もうほとんど実現不可能になったのではないだろうか。 それでも日本としては、トランプ第1期のパートナーだった安倍首相が、ノーベル平和賞への推薦状を書いて大いに感謝された故事に倣い、今からでも「受賞するように陰から助けますよ」とエールを送り続けるのが、賢い外交というものであろう。 (おおおいそ・まさよし 2025/05/30) |