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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.316
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和7年7月31日

      知ってか知らずか日本の非関税障壁

 トランプ米大統領は、「日本の市場を開放させた」と満足感を露わにして、日本車の輸入関税を現在の27.5%から15%に下げると合意して見せた。

 実際のところ、クルマに関しては、米国の安全認証基準をそのまま受け入れると譲歩しただけで、それで日本にアメ車がどっと入り込んでくるような情勢ではない。

 トランプは、米国の自動車メーカーが過去に対日進出を試み、すべて失敗して撤退した事実を知らないはずはない。もちろん、その理由や事情も聴取しているに違いない。

 だから、アメ車が日本では「1台も見かけない」などと脅し文句を並べながら、日本車を台数制限なしに輸入を認め、そのクルマから高い関税を取った方が得だと、初めから手ぐすねを引いていたのであろう。

 日本がその手に乗ったので、同じようなディールでEUからのクルマ輸入に関税15%、台数制限なしとした。英国車は高級車が主力なので、年間10万台という制限を呑ませた(日本は昨年137万台、約6兆円)。

 ところで、トランプが、日本で過去にアメ車メーカーがなぜ成功しなかったか、という理由を聞いて納得したとすれば、それは日本のクルマ産業が日本社会と一体不離の関係にあるという事実で、言い換えれば、日本国そのものが非関税障壁だと認識したのではないか。

 この事実は当コラムで何度か指摘し、この特殊性を改善しなければ、日本経済がどんどん縮小し、自動車も家電、半導体、造船などと同じ衰退の道を辿ると警告してきた。

(以下、2012年11月コラムより抜粋)

 実は日本という国全体が、クルマ使用者に対する罰金的課金によって成り立っているのである。
 業界団体によれば「日本の課税は米国の約50倍」と訴えている。ざっと見てみよう。
___________________ 
自動車にかかる税金(朝日 10/30、今年度)
   購入時にかかる税      9072億円
   所有段階でかかる    2兆4519億円
   燃料にかかる税      4兆3948億円
           小計      7兆7539億(消費税含む)

 つまり約8兆円とすると、税収が約42兆円なので、これだけで19%を依存していることになる。この内には取得税と消費税、自動車税と重量税といった二重取りも入っている。
 しかし、これだけではない。使用者にとっては直接の税金ではない出費がもっとかかるのだ。
____________
税金以外の強制的出費推計
   免許取得費用 新規取得者130万人×平均25万円=3250億円
             (原付除く) 
   車検諸費用     継続3000万台×1年平均2万円=6000億円
             (軽含む)
   高速道路      全国6社の料金収入 2兆5000億円
   強制保険・任意保険     プラスアルファー
   車庫証明用車庫費用    プラスアルファー
                   小計 3兆4250億円+α

 いうまでもなく、これらにも消費税がかかるか含まれている。この強制的出費は世界に類例のないもので、罰金的といっても過言ではない。

 運転免許取得は世界中でタダではないが、日本のような教習所費用は論外である。車検はない国も多く、あっても形式程度のものだ。高速道路は無料が原則だろう(だからフリーウェイという)。

 この罰金的税金と罰金的出費を合わせると12兆円前後に達し、消費税なら6%相当をクルマ国民から取り上げて、国家が成り立っているわけである。

 このような国が他にあるかどうかを考えてみると、旧ソ連に似たような例が見つかる。
 ソ連の最後の十数年間、財政の大きな部分をアルコールの販売収入が賄っていた。つまり、強いウオッカを国民に売りつけることで、国家が成り立っていたのである。

 ウソのような話だが、本当にそうだったため、ロシア人男性の平均寿命は急速に縮み、なんと57.6歳まで落ちた(1994年)と報告されている。現在でも、ロシアには先進国のような年金問題が生じないと言われるゆえんである(受給する前に死んでしまうから)。

 日本が旧ソ連を笑えないのは、「分かっちゃいるけどやめられない」状態を何十年も続けているからだ。(以下省略、抜粋終わり)

 以上で分かる通り、クルマ産業と日本社会がいわば「骨がらみ」になっていて、これを解きほぐすのはほとんど不可能と言える。

 たとえば、教習所制度は警察官僚の再就職先として機能しており、その維持延命のために2002年から新たに「高齢者講習」機能が与えられた。

 また、車検制度は地方自治体の官僚と、民間のクルマ販売会社の整備工場を雇用している。

 さらに、この車検制度があるために、メーカーの販売子会社は顧客に売ったあとも、定期的に車検整備でつなぎ止め、買い換え時にはそれを高く下取りして、新車に乗り換えさせるという疑似「社会制度」が出来上がっている。

 トランプ大統領だけでなく、歴代の米大統領もこの骨がらみ状態を認識していて、無理に解体させるよりも放っておいた方がいい、「ソ連と同じだから」と考えたかもしれない。

 実際、日本社会は変化していて、少子化の影響で免許年齢の若者が激減し、またかつてのようなクルマ所有に夢を持つという時代ではなくなっている。

 国内販売では、日本独自の「軽自動車」が台数では4割を占めるまでになり、実用性が前面に出るようになった。
 そして、この虎の子のような「軽」に中国勢が目を付け、日本向け専用の小型電池車(EV)を開発し、近く本格的に売り込み開始するという。

 軽(Kカー)は近距離移動のために購入されるので、電池走行の距離性能は問題にされない。日本市場が中国由来の電池車に席巻される恐れは大いにあると言えよう。

 鉄鋼、造船、自動車は、かつて日本が韓国、次いで中国に、資本も技術も積極的に移転したが、今では相手が日本を凌駕するまでに成長してしまった。
 造船は、中国が世界の7割を占めるに至り、トランプがようやく国内造船能力の建て直しに言及している始末だ。

 日本が5,500億ドル(81兆円)、EUは6,000億ドルを米国に「投資」するとトランプに約束したが、それで自動車産業の未来を買ったことになるのかどうか、今のところ全く不明である。
(おおいそ・まさよし 2025/07/31)


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