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国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.254
   by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

令和2年5月29日

        牙をむいて自滅するか習皇帝

 特に強権政治の国においては、国民の不満をそらせるために、対外的に強硬な態度を取ることが多い。これは普遍的な原則であると同時に、日本から中国を観察する場合に、面白いほど役に立つ分析法でもある。

 今月、コロナ騒ぎで延期されていた全国人民代表大会(全人代=名目的な最高機関)が開催され、毎年恒例となっていた経済成長率目標を決めることができずに終わった。

 問題なのは、それほど経済的に混乱が深まっている現状にもかかわらず、国防費だけを前年比6.6%増額すると発表したことである。

 これが典型的な対外強硬外交であり、同時に国民の不満を外に向けさせる「ガス抜き」政策であることは言うまでもない。

 もともと中国の軍事支出は公表の数倍あるのではないかと疑われている。また国内治安維持のための予算はさらに上回ると推測されている。

 このように軍事力と治安対策力を両輪のように増強していく統治者が、いつまでその路線を継続していけるか、誰でも疑問を感じざるを得ないだろう。

 今や任期のない皇帝同然の地位を得た習近平が、あからさまに中国を非難攻撃し続けるトランプ米大統領に、公然と刃向かい、必ず勝利しようと決意していることは間違いない。

 つまり、予期しなかったコロナ禍は両国の「覇権戦争」を一時休戦どころか、一層先鋭化させているのである。

 「一国二制度」が建前の香港に中国の「国家安全法」を直接適用できるようにし、事実上、中国の治安機関を送り込むことを決めたのも、同じ論理で動いていることを示している。

 トランプを始め、欧米諸国の首脳は一斉に反対の声を上げ、経済制裁を示唆しているが、それは習指導部の「思うつぼ」でもあるだろう。
 香港住民以外の国民は、「中国の内政問題に介入するな」という指導部の対外強硬外交を支持するしかないからだ。

 世界で数十万の死者を出しているコロナ禍の原点が中国であることは常識なのに、中国政府は各国政府やメディアに対し、中国が最初に犠牲になって世界を助けたのだから感謝せよと要求している。

 日本でも報道されたが、米国のウィスコンシン州議会の上院議長に2月と3月の2回、中国のシカゴ領事館からメールが来て、「新型コロナウィルス対処で中国を称賛する決議」をしてくれと依頼された。その決議文の案文まで添付してあったという。

 ここまで来ると笑うしかないが、実のところ色々なことが読み取れる笑い話でもある。

 中国政府は特定の地方議会を動かして、トランプ大統領と地方の間に溝を作ることができると思っていたのではないか。

 また、もし外交官個人の判断でそうしたのであれば、本国の外交幹部か習近平皇帝への「へつらい(ゴマすり)」だった疑いも出てくる。

 中国の外交が同時に支配者へのへつらいになっている状態は、世界全体にとっても警戒しなければならない段階だと言えよう。

 5月8〜10日にかけて、尖閣諸島の日本領海内で、たった3人の小さな日本漁船が中国海警局の武装公船に追尾され、海上保安庁の巡視船がつきっきりで相手の接近を阻止した。
 中国外務省の趙立堅報道官は「日本漁船が中国の領海内で違法な操業をした」と反論し、日本側の抗議を逆に利用して、日本を「思うつぼ」にはめて見せた。

 中国国民は趙報道官に喝采を送るに決まっているからだ。

 日本政府は欧米諸国とは一線を画し、中国を強く非難することを避けている。それでも、こういう非道を遠慮なく仕掛けてくるのが現在の中国だということを、安倍首相はどう受け止めているだろうか。

 まさか、自然延期になった習近平国家主席「国賓招待」を、年内に実現しようと考えているのではあるまいか。

 そういう疑念が浮かんでくる背景には、韓国が日本より先に歴史的宗主国の習「皇帝」を招こうとしている事実と、オリンピック開催が来年夏に延びたので、その前に外交的レガシー(実績)を作っておきたいだろうという推測がある。

 中国は、国内向けには世界相手に正義を貫く「戦狼外交」を公言し(米映画ランボーのイメージらしい)、対外的には高圧的かつ鉄面皮で戦争も辞さないような言動に出ている。
 これは国内的にかつてない危機状態に陥っていることを、共産党指導部が自覚している証左に他ならない。

 この最大の危機を誰よりも正確に認識しているのが習近平であることは間違いない。しかし、ひとたび「落ちた偶像」だと民衆が認めた皇帝が、その民衆を踏みにじって甦った例は、歴代王朝に見いだすことはできない。

 短期的に見て、習近平がどう危機を乗り切るかが見どころだが、そのあと中期的には共産党王朝が毛沢東、ケ小平、習近平に次ぐ4代目を立てて生き残るか、はたまた王朝そのものが終焉に向かうのか。

 いずれにしても大陸中華文明の再興は、いまピークを過ぎつつあるのかもしれない。
(おおいそ・まさよし 2020/05/29)


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