国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.317 by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表) 令和7年8月30日 ウクライナは朝鮮戦争休戦型を受け入れるか 今年4月のコラム「トランプよりしたたかなプーチン交渉術」の続きのようになる。 トランプ大統領就任から半年、ロシアのウクライナ侵略から3年半という節目が過ぎた。それなのに、今月15日、アラスカでの米ロ首脳会談は、トランプが何も学んでいない状態にあることを世界にさらしてしまった。 なぜ国賓待遇のようにレッド・カーペットを共に歩き、会談場まで大統領専用車に乗せるという破格のもてなしをしたのか、誰が考えても分からないだろう。 英仏日など同盟国の首脳さえ、専用車(ビースト)に乗せたことは一度もない。第1期のトランプ大統領が、北朝鮮の独裁者と会談した際、ビーストのドアを開けて内部を覗かせたことが話題になった。 つまり、それ以上の特別の待遇を予め打ち合わせていたわけで、決してその場の成り行きという出来事ではなかった。 そして、プーチン大統領は何ひとつ譲歩しないまま、勝ち誇ってアラスカを後にした。 一体、トランプは何を期待していたのだろうか。 プーチンは、停戦交渉に乗るのを避け、従来からの和平条件をそのまま維持しただけだった。 すなわち、まだ完全占領もしていないウクライナ東・南部4州からウクライナ軍が出ていくことと、NATO加盟を永久に断念すること、そしてゼレンスキー政権でない親ロシア政権ができることを要求し続けている。 これは誰が見ても、いわゆる「無条件降伏」を意味するだろう。 英仏独伊の首脳とNATO、EUの首脳、そしてフィンランド大統領までが一団となってホワイトハウスに駆けつけ、18日にゼレンスキーと一緒にトランプに「活」を入れるに至った。 これら西側首脳たちは、まず「停戦」を目指しているが、プーチンは巧みにその目的を外している。そうなると、妥協点をどう探るかという問題で、もう躓いてしまう。 考えてみれば、ロシアはすでに憲法や国内法で、問題の4州を勝手にロシア領としているので、プーチン皇帝がそれを覆して全部や半分を、ウクライナに返すという選択肢は考えられない。 あり得るのは、現在のウクライナ軍とロシア軍の前線を休戦ラインとして、ウクライナ側に西側の監視軍を配置する暫定案であろう。 ここで参考になるのは、朝鮮戦争を終わらせた休戦協定である。 1950年6月25日、北からの奇襲攻撃で始まった朝鮮戦争は、油断していた韓国がほとんど壊滅状態になったが、日本にいたマッカーサーがソウルに近い仁川に上陸して逆襲に成功した。 しかし、敗走する北朝鮮軍を追って北側に越境し、中国との国境にまで迫ったため、中国が志願軍と称する正規軍を投入し、ソ連も偽装した空軍を派遣したため国際化してしまった。 米軍主体の国連軍は、人海戦術を厭わない中国軍に押し戻され、元々の南北境界線(38度線)の南にまで撤退した。 そして53年7月27日、ようやく「休戦協定」が成立した。 ここで注目されるのが、協定の署名者なのである。北側は中国と北朝鮮、南側は国連軍であって、侵略された韓国がいないのだ。 これは、韓国の憲法が半島全域を韓国領という前提で制定されているため、北朝鮮を相手に国際条約を結ぶと自国の憲法と矛盾してしまう、という事情があったためである。 この点が、ウクライナと似ていることに注目したい。 つまりウクライナはロシアに占領された4州を放棄した、とは絶対に認められないので、その相手方と対等の休戦協定を結ぶことができない。 プーチンのほうも、ゼレンスキーは大統領任期が終わっているので当事者能力がない、と無視する姿勢だ。 それなら、どうするか? 上記の西側主要国がウクライナに代わって当事者になる、という便法しかないだろう。もちろん、相手側はロシア1国だ。 そうすると、休戦ラインのウクライナ側に、どの程度の駐留軍を派遣し維持できるかという点が最大の問題になるだろう。 朝鮮半島のように、韓国側には米陸軍2万、空軍8千などが駐留し、海軍艦艇も常時寄港しているといった体制がとれるかどうか。 トランプ大統領は早くも「地上軍は派遣しない」と明言しながら、「空からの支援はありうる」と示唆している。 これは一方で、自分の看板である「アメリカ・ファースト」の信念が、海外の紛争に介入しないことを基本政策としているのに、他方で前大統領のバイデンが「ウクライナ支援の派兵はない」と断言してしまい、それがプーチンの侵略を呼び込んだ事実が知られている。 そこでバイデンのすべてを否定したいトランプとしては、どっちつかずの宙ぶらりんになっているわけである。 それでも、米軍抜きの「同志国連合部隊」では、明らかにロシア軍に対抗する抑止力にはなり得ないだろう。 ドイツが限定的な徴兵制を模索し始めた事実や、急速にドローンが戦闘の主役になりかけている事実など、従来の地上軍同士の戦力を比較して考える時代が変わりつつあることも、指摘しておかなければならない。 (おおいそ・まさよし 2025/08/30) |